陽の埋葬
田中宏輔

真夜中、夜に目が覚めた。
水の滴り落ちる音がしている。
入り口近くの洗面台からだ。
足をおろして、スリッパをひっかけた。
亜麻色の弱い光のなか、
わたしの目は
(鏡に映った)わたしの目に怯えた。
いくら力を入れて締めても(しめ、ても)
滴り落ちる水音はやまなかった。
ドア・ノブに手をかけて廻してみた。
扉が開いた。
いつもなら、ちゃんと鍵がかかっているのに……
廊下の方は、さらに暗かった。
きょうは、なんだか変だ。
患者たちの呻き声や叫び声が聞こえてこない。
すすり泣く声さえ聞こえてこなかった。
隣室の扉を開けてみた。
ここもまた、鍵がかかってなかった。
わたしの部屋と同じ、
ベッドのほかは、なにもなかった。
ひともいなかった。
ただ、ベッドのうえに
大判の本が置いてあるだけだった。
写真集のようだった。
表紙は、後ろ手に縛られた裸の少女。
少女の顔は、緊張した面持ちで青褪めていた。
ページをめくってみた。
一匹の大蛇が、
少女の頭を呑み込んでいるところだった。
さらにページをめくってみた。
めくるごとに、少女の身体は、
大蛇のあぎとに深く
深く呑み込まれていった。
最後のページは
少女を丸呑みした大蛇の腹を撮った写真だった。
わたしは、本を開いたまま自慰をした。
(かさかさ)
足下で、なにか小さなものが動いた。
それは、写真のなかの少女だった。
彼女は、わたしの腕ほどの大きさしかなかった。
逃げ去るようにして、少女は部屋から出ていった。
わたしは本を置いて、彼女の姿を追った。
隣室の扉が開いていた。
入ってみた。
やはり、ここも、わたしの部屋と同じだった。
ベッドしかなかった。
いや、そのうえに、あの裸の少女が寝ていた。
と、思ったら、
それは、波になったシーツの影だった。
(かさかさ)
振り返ると、
さきほどの少女が
半開きの扉の間を走り抜けていった。
廊下に出て、隣室の扉を開けると
あの写真で見た部屋だった。
部屋の真ん中に、木でできた椅子があって
そのうえに人形のように小さな少女が立っていた。
あの写真と同じように、裸のまま後ろ手に縛られて。

わたしは、少女を、頭からゆっくりと、呑み込んで、いった。









自由詩 陽の埋葬 Copyright 田中宏輔 2023-10-02 00:58:10
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