寿限無
ただのみきや

開いた本に落っこちた
女が煙を紡いでいる
乾いていく魚の目の中の
月が自傷を繰り返す夜に

雷鳴に臓腑はふるえ
雨はつぎつぎ駆け抜けた
沈黙は縫い付けられたままずぶ濡れで
自分の頬を噛むような
時間は悲しい食べ物の味がした

泣き止まない子どもと
わめき散らす母親が
すべての四辻に待ち伏せている
暗雲から飛来した生き物のように
頬を打つ手は白くやけどを残す

ことばに変わってしまう刹那
シルエットは記号
花の汁に染まりながらそれと気づかず
定まらない曲線を中空に探っている
薄皮一枚 口をふさがれたまま
ひりひり甘い

形象の偶像よ
つながりを断て
音としてこぼれ落ち
騒がしい霊となれ

天は真っ黒な乳房をゆらし続け
地はオタマジャクシの大洪水だ
シュノーケルでの祈りを模索した
男の慣用句をウシガエル級のオタマジャクシが塞ぐ
句点にまかれ 継ぐことばもないまま
黄金を追って沈んでいった
あの拷問の向こうにある 澄んだ光

子どもは声もなく泣き
母親はわめき続ける
雷鳴は轟いて閃光を走らせ
雨になぶられオタマジャクシは歌う

おまえの口から死者が還るために
カラスと姦淫せよ
緋色の腐乱に思考を溶かし
奇跡を期待する過呼吸の少女のように
化石と姦通せよ
芽吹け芽吹けかぼそい彫刻よ
さわがしいまなざしの海原で経血を洗いながら

縫合されることのない
世界の裂け目
生と死が出入りする
名もなき生贄から擬音の皮を剥ぎ取って
一本の青いペンが走る
五感の先にあるシャッフルと陶酔の果て
ふれてはいけないなにかにふれて
すべて 無になるまで


   
                   (2023年9月24日)








自由詩 寿限無 Copyright ただのみきや 2023-09-24 13:04:37
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