安全海域
るるりら

安全な海域ってどんな うねりなのだろう
私の父は泳ぎの得意な人だ
溺れてまともじゃない子を抱きかかえて海を渡れるほどの人
父さえいてくれれば
私の海は保証されていた

その海はずっと続いているようで
人は見えない線を海に引いているのだという
不思議な話

安全海域、どのような色で うねっているのだろう
暗いのか明るいのか安全海域
父が、私の海を保証していてくれた頃、父は静かに呟く寡黙な人だった。
ふたりで毎日、海に言ったのに、覚えているつぶやきは、ふたつだけ。

ひとつ目のつぶやき。「手で漕ぎ足で漕ぎ えら呼吸ができるようになるほど泳いだとしても
手に負えない大きなうねりというものがあるのだよ」  
最近やっとその意味がわかるようになった。
父が私に 地球の広さと狭さを同時に教えようとしていたことを

ふたつ目のつぶやき。ヒトデが人手とよばれる悲しさ。
生まれて初めてみた生き物を棒で突付いて名前を尋ねると 父がヒトデだと教えてくれた。父は棒で突付きながら云っ

「人は人の形に なぞらえずにはいられない。すこしでも人のようだと人と見なす。人の手だから人手だ。」
長い沈黙の後、父さんは、呟いた。「ヒトデ、自分の物が人のものになる事を人手に渡るって云うんだよ」

  父さん、私は あなたの「人手か」と云う呟きと、あの時のあの目の奥の深い色を、
  父さん、この頃ふいに思い出いだすのです。
  記憶に薄いけれど昔の我が家が人手に渡ったのは 父さんが倒産したから  

  お父さんは謳ってくれたよね。大きな声だった。
  ≪海は広いな おおきいな。行ってみたいよ よその国。≫

  父さん、私は やっと解ったよ
  人は謳わないと本当の海を 狭くしちゃうんだね
  歌を謳わないと人の創った境界で人は本当の海を 狭くしちゃうんだね
  ああそうだったんだ
  お腹から声を出して謳わなきゃだめだ
  
  ≪海は広いな おおきいな。行ってみたいよ よその国。≫
  父さん、私の海は広いです。




自由詩 安全海域 Copyright るるりら 2005-05-14 18:01:44
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