夕焼けが足りない 1 (散文詩にしてみました 5)
AB(なかほど)

 

 自転車置き場で空を見上げるのがいい。そ
こに、風でも吹いてくれればなおいい。そん
なとき携帯電話の電池でも切れていて、何か
大事なことや、大した事じゃないことや、君
にとってはものすごいこととか、僕の中では
手痛いことなんかでも、聞きそびれたりなん
かするのがいい、のに。

 「イカはものすごいとこまでも使えるらし
い」と制服の君が言う。イカのものすごいと
こというのが、君にとってどこまですごいこ
となのか。よくよく聞けば、「イカの耳も使
う」とか。そうか、君にとってはそんなにす
ごいところでも、「君の耳のほうがずっと感
じる」なんてのは言えないし、案外そうでも
ないのかもしれない。けれど、そういうこと
ですごいことを望む。ましてや、イカの墨で
ソースを作ることや、その内臓で魚醤油が作
られることなんか知らなくてもいい。いい、
もういい。

 体育館横の自転車置き場で、剣道部の練習
の声が聞こえてくると僕は、もう夕焼けを待っ
ているように空を見上げ、商店街の方向へ歩
き出す。魚屋の前ではきっと、「夕焼けが足
りない」とうつ向いてしまうのだろう。



   


自由詩 夕焼けが足りない 1 (散文詩にしてみました 5) Copyright AB(なかほど) 2023-09-04 20:49:28
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