名もなき花
久遠恭子

指先を太陽に翳して
陽の光の中を着物の着崩れを直しながら歩く

隣町まで足を棒にして歩いてみたら
少しはこの気持ちが楽になるだろうか
茶色い茅葺き屋根の家を過ぎて
長屋を横目に見て
空き地を過ぎた辺りで
下駄の鼻緒が緩んできたので心配になって家路に着いた

「平和になったら花見に行こう」
貴方はいつも口癖のように言って
私はこくんと頷いた

ある日郵便ポストに
「行って参ります」
短い手紙が残されていた

花壇に水をやる
箒で掃除する
猫を撫でる
芋飴を食べる

空虚な時間を研ぎ澄ませて部屋を歩き回り
生きることしか出来ない四肢を畳の上に放り出す

空が茜色に染まる頃
途方に暮れていたら
電柱の根元に名も知らぬ花が咲いていた
指でチョンと突くとゆらゆらと揺れた

「かわいいね」と言うと
「そうでしょ」と返事をしたかのように

毎日郵便ポストを開けてみても
手紙は来ない

そんなことを繰り返して
また夜が来る
今宵は月も出ないそうだ


自由詩 名もなき花 Copyright 久遠恭子 2023-08-21 07:05:13
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