十九
soft_machine
十九
土間のかおりが濃い風の中で
今もまだ鏡を磨くその人は
母方の大叔父だった
茶摘みが好きな
ハモニカの上手が
無口な夏の
終わらぬ波の狭間へ
時の流れを十九で沈めた
ことばを磨くうしろ姿が
痛みと騒音を慎重に拒む
頭の中の階を
雨に歌う虫たちと共に駆け去る
町の外れの草の陰
丹念にみがく
水に歪む月のひかりよ
沢蟹のように
郭公のように
花卉を育てあげ
磨いた瞳も送り出す
記憶は泣かない
今日も町は星を植え
明日になれば
朝がくるから
朝がきたら空を見上げる
彼の夏の終わりは陽射す
乾いた舌を磨くのだ
私は彼が好きだった
ことばが飛び交うこの神の世に
魂だけのこされ
峠にひろう真鍮のかがやき
虫の脱ぎすてた皮と変らず
青を育む器になる