ハード・レインを待ってる
ホロウ・シカエルボク


錆び色に暮れかけた綻びた路上に抱かれて、お前は静かに雨を待っていたんだ、記憶や宿命、そんなものに纏わるすべてを穴だらけにして排水溝に飲み込んでもらうために…一日はうだるような暑さだった、世界中が陽炎に揺らいでいるみたいだった、人々は汗に苛立ちながら…それでも役割をこなしたり求めたりして右往左往していたんだ、一昔前よりは幾らかカジュアルになったドレスコードに絡め取られながら…長く緩慢な悲鳴のような酷暑、朝の食卓のお祈りさえもほんの少しアップビートになっていた、肌と内臓を焼き尽くされ…ありえないほどの長い時間、ただ水を飲み干していた、世界が暑くなっているわけじゃないのかもしれない、ただ人間がそれに弱くなっただけなのかもしれない、自分が指先ひとつ動かすことなく快適な温度を手に入れる、そんな暮らしに慣れ過ぎただけなのかもしれない、ゴキブリが一匹、本能だけを見つめて食料品店の壁を歩いている、上るつもりなのか、下りるつもりなのか、それとも、忍び込むことが出来そうな亀裂を探しているのか…あいつには暑いことや寒いことなど関係ないだろう、そいつを見つめているとなぜかそんな気がした、そうさ、人間は…本能を忘れかけているポンコツどもは、必要以上に弱ることを恐れるんだ、そしてどんどんどんどんナーヴァスになって、思っていたよりも酷い壊れ方をしたりするのさ、恐怖は―恐怖は人間に何も考えないことを強要するんだ、お前が必要以上にお粗末な言葉を吐きかけるのは、どこかにそんな怖れを隠しているせいなんじゃないのかい、俺にはもう鼻で笑うくらいしかすることがないよ、お前のそれはもう言葉には聞こえない、下品な声の鳥が鳴いているみたいに聞こえるのさ…ひとつのフレーズの在り方、ひとつのフレーズの進化、フレーズは進化しなければならない、その上でまるで違う意味になってしまっても構わない、一番問題なのは何も変わらないことさ、スタート地点に戻るトラップがやたらと多いボードゲームみたいにね…だけど、そう―そいつはもう、仕方のないことなんだ、いくら修正を試みたって、どうにかなるようなことじゃないのさ、社会がそういう人間の為に構成されている以上、動かそうったって動かせるようなものじゃない、こんなことを言うと気を悪くする人間がたくさん居るかもしれないけれど、社会、国、世界なんていう、一定数以上の集団というものは、個体の意識が驚くほど薄くなければ成り立たないんだ、それは大昔からずっとそうなのさ…どうしてそんなものが必要だったんだろう?俺はいろいろな輪の外側で時々そんなことを考える、ひとりで生きられないことを誇りに思う、ひとりで人生を築けないことを誇りに思う…信じられない話だよ、何かに躓いてそれを選択したわけじゃない、彼らは初めからそれを選択していることに一ミリの疑問すら感じないんだ、だから、どうしたって輪の外に出ることが出来やしない、生き方や、思考というものがね…みんなで同じスローガン、同じ人生を共有しているんだ、さほど重みもない言葉を共有フォルダに突っ込んで妄信しているのさ、お前はどう思う?俺は信じられないぜ…ただただ首を横に振るだけさ―台風が近づいているってニュースで言ってた、日本列島を縦断する可能性について専門家が話していた、太陽はもう向こうの半球に隠れて明日のスケジュールを調整している、もしかしたらあいつだって一二時間シフトで交代しているかもしれないぜ、丸一日、地球のどちらかをひたすら照らし続けるお仕事さ、誰かが変わってくれなけりゃ俺だったら頭がおかしくなっちまう…まあでも、仕事なんてなにを選んでもそういうものだけどな…今だって天動説は生きているらしいね、地球は丸くないんだって…だけどさ、それ、どっちにかに決めなきゃいけないことなのかね?どうせ俺たちの誰も、そいつを二つの目で確かめることは出来ないんだ、だったらもう、好きな方を取ればいいんだ、当たろうと外れようと恨みっこナシさ、そんなことを真剣に議論するために生まれてきたわけじゃない、そんな話は学者に任せておくさ…この時間になると勝手に身体が眠りたがる、もう少し待ってくれ…今日中にこの詩を終わらせておきたいんだ、それに、歯だってまだ磨いていないんだから…そうだ、年齢を重ねると虫歯になっても痛みを感じないって知ってたかい?俺は数年前まで知らなかったよ、痛みを感じる神経が鈍くなるんだってさ…歳を食うっていうのはどちらかと言うと良いことの方が多いと思ってたけど、そんな側面もあるんだね…人間はさ、歳を取ったからって偉くなることなんてない、歳を取ったから偉くなったんだって勘違いしてるだけさ、虫歯にだって気づけなくなってんのにね―俺は他人からよく上から目線だって言われるんだけど、それは違うんだよ、俺はまだなにもやめるつもりはないっていうそれだけのことなのさ、それに、そんなこと言うやつらって、自分から下に入ってきてウダウダ文句言ってやがるんだぜ、知ったこっちゃねえっつうんだよな、お前らのおままごとになんかつきあってられるかよ、俺が真面目にすることは、俺であり続けることだけさ…。



自由詩 ハード・レインを待ってる Copyright ホロウ・シカエルボク 2023-08-02 22:19:14
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