黒い波
リリー



 暗いバーで
 黒い服がよく似合った女が
 しわがれた声で私の名をきいた
 煙草とウイスキーの琥珀によどんだ目で
 笑いもせず何故
 私を 見つめるのか

 フロアから這い上がってくる冷たさ

 美味な料理も作り得ず
 綺麗な衣服も欲しがらず
 何か
 すきま風が吹きぬける
 気づけば一人だった
 そんな私は今日
 蒼黒い波のうねりに死ぬ筈

 幾度か私はむくろとなり
 又 生き返ったが
 その都度
 波の色は何故こうも違うのか

 カウンター越しに居る黒い服の女
 指先に光る長くのびた爪は
 涙の源が涸れているのか
 ひらひら 笑い
 掴み取るジッポライター

 その銀色は、あおく欠けた月輪となって回りはじめる

 浜風が冷たいと肩を抱いた記憶
 波の間に 男の顔を思い出しながら
 目をつむって見える
 海底に横たわる私の白骨が薄笑い浮かべて
 挨拶した記憶

 今日又 渚に見る
 空と海との一線に浮かんでくる男を
 波のうねりを起す男を
 この海の、荒れ方が私を喜ばせるのだ



自由詩 黒い波 Copyright リリー 2023-08-01 05:16:49
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