小さな部屋にて
塔野夏子

君が「孤独」と名づけた場所
そのさらに奥に
小さな部屋がある

くすんだ象牙色の壁紙
いくつかの黒ずんだ木の棚
そこには本 小函 硝子壜
円い置時計 何処かの土産といった風情の
人形や動物の置物 地球儀……
壁にかけられた絵の中には
円い緑の草の丘とその上の緑の樹と

  いずれも見憶えがあるような ないような

褪せた薔薇色の肘掛け椅子に
君は不思議と心地よく坐っている
君の前の深い色の木目が美しいテーブルの上には
紅茶 果物 菓子

窓の景色は
見るたびごとに違う
この小さな部屋に似合うような
ひっそりした庭の眺めだったり
壁にかけられた絵とそっくりの景色だったり
時には 銀河の果てまで見はるかせたり

君はこの部屋の時間を
ひとりで味わいもするし
時折 客人が訪れもする
それはいつも君がこの部屋に入ってきたのとは
反対側のドアから
そんなときのために
君が坐っているのと同じ椅子も用意されている
君は客人と
気の向くままに語り しばし黙ってはまた語り

  その誰も知っているような 知らなかったような

「孤独」と名づけた場所の
さらに奥にあるこの部屋を
君は名づけない

君はもう一杯紅茶を淹れ
果物を 菓子をもう少し出す
時に自分のために
時に訪れる誰かのために





自由詩 小さな部屋にて Copyright 塔野夏子 2023-07-29 09:52:12
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