ノイズの中でなら上手く眠れる
ホロウ・シカエルボク


求めているのは本当は音楽ではなく、無軌道な音の集まりなのかもしれない、それは一般的には、ノイズと呼ばれるようなものかもしれない、でもそれには制約が無いし、衝動について語る手段としては、最適なものだと言えるだろう、物事にはすべて役割というものがある、境界を超えようと試みるものは、本来役割とは関係のないようなものに目を向けてみなければならない、慣れ親しんだ形状、ジャンルのはっきりしているもの、流通を目的とした仕様…ずっと同じものの中に浸かっていると、音という基準に気付かず音楽ばかりを求めてしまう―言葉が始まった時の単語、音楽が始まった時の旋律、衝撃などでなくてもかまわないのだ、同じものを見つめ続けて澱み始めた目を再び見開かせてくれるものなら…そういう意味では俺がこのように書きあげようと試みている新しい文章は、詩であるかどうかという部分についてはそれほどこだわっていないと答える他ない、時代はいつだって変わり続けている、それが良い意味でなのか悪い意味でなのかは俺にはわからない、俺はタイプし続ける、詩の答えは詩のなかにあるだろうか?あるともないとも言える、それは作者の意図するところではないかもしれない、詩人は理由の為に詩を書き始めたりはしない、詩人が詩を綴るのはいつだって衝動のもとのはずだ―暑い夜、水分を幾らとっても渇きがすぐにやって来る、何度も水を飲む、そして何度目かのキッチンで、渇いているのは喉ではないということに気付く、でもそんなことに気付いたからなんだというのだ?どうせやることと言えばもう、眠ることだけなのだ、眠りの中で見る夢は現実のような重量を持つ、そしてその光景は、何も起こらないのに殺意のような感情を存分に秘めている、その色味でもって、その感情でもって、脳髄を浸食していこうと目論んでいるみたいに見える、被害妄想に取り憑かれた人間がジムジャームッシュの映画を目にしたら、これと同じ感想を覚えるかもしれない…明け方に目が覚める、目覚める度に体内から何かをごっそり持っていかれたような感じがする、首を振り、犬猫のように身体をストレッチさせる、まるで身体が思い通りに動くのか確認しようとしているみたいだ、そんな目覚めが何度か続いたあと、もう眠ることは出来ないと悟る、簡単な朝食を摂り、外に出る、まだ街が目覚める時間じゃない、コンビニで時間を潰す、近頃は雑誌の立ち読みも出来なくなっている、店内をくまなく見て回っても数十分にもならない、そしてコンビニの店内放送は欠伸が出るくらいつまらないものばかり、店を出て、まだ眠りについている街の中を歩く、人通りは少ない、俺はゴーストタウンのことを思う、ゴーストタウンの中で暮らすのは気分がいいだろう、どれだけ不便だとしても―そこではどこに住んだっていい、あらゆる建物が自分だけのために存在している、捨てられた街だ、どんなことをしても文句を言うものなどどこにも居ない、人間、言葉―言葉について考える、人間は音や指先を使って人生を吐き出す生きものだ、言葉とはつまり思考であり、思考とはつまり人生だ、だから、常識や連帯意識などによって、似たような人生を生きるものたちからは似たような言葉しか生まれない、思考によって導き出されたいくつかの仮説は、テーブルに並べられて吟味する必要がある、それがつまり人の手によって描かれるすべての芸術の真理だ、生きることにとらわれたやつらがそこに吸い寄せられるのは、そういう意味で当然のことなのだ、ノイズだ、ノイズが聞こえる、分解された生、分解された衝動、分解された理由、分解された生命、行く当てのない、無軌道な動機の連続、それは線のような点、幾つもの点が線に見えるほどの密度で並べられているのだ、そのひとつひとつの点にならなければならない、それはすべて同じ力で打たれている、同じ間隔で打たれている、同じ濃度で打たれている…語る言葉に意図があってはならない、それは言葉の意味を変えてしまう、イメージが歪められてしまう、言葉そのものの性質を変えることなく、喚起されるイメージだけが変化し続けなければならない、それが表現の純度というものだ、それはすなわち、それを綴っている人間の純度だ、そうは思わないか、音楽は必ず途切れてしまう、でもノイズは鳴り続ける、ノイズの定義は時として音ではないものまで巻き込んでいるからだ、音や、言葉として、その純粋な意味から自由にならなければ、音や言葉として純粋な表現で在り続けることは出来ない、見慣れた道ばかりを好んで歩き続けることは愚の骨頂でしかない、それは単に好みの問題であって、真実とは何の関係があるものでもない、脳裏にどれだけの景色が生きているのか、どれだけの言葉が描かれようと暴れているのか―えぐり出した心臓の脈動に名前を付けろ、その名前はくっきりと胸に刻み込まれるだろう。



自由詩 ノイズの中でなら上手く眠れる Copyright ホロウ・シカエルボク 2023-07-17 15:10:13
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