遠く、遠い……
おぼろん

遠い遠くの、あれは海?
わたしの心を満たしている。
それは快楽にはほど遠く、
何か罪めいた予感に満ちている。

あれは海? 遠く遠い。
砂浜に寝転んで昼顔の花を見ながら、
いつか、いつだったろうと
思っていた。

風が吹く。通り過ぎる。
わたしの熱を奪ってゆく風。
もう捨て去ったはずなのにと、
誰にともなくつぶやいて。

あれは海? 遠く遠い。
潮騒の音が心を甚振る。
いつか切符もなく駅を降りたよね。
そして、海岸を進んでいった。

季節はやはり七月で、
肌寒い風が服をゆらした。
そのまま次の駅までと、
歩を進めていったのは、わたし。

もう思い出など、
懐かしくはない。すべてが、
忘れ去りたいという衝動の副産物で、
今という痛みに触れる。

ああ、やはり、
そうだったのか?
この風がわたしに全てを感じさせる。
遠く、遠い記憶。

思えば、風の精霊、
空の精霊、海の精霊、彼ら全ての、
統一された意志の賜物のようだった。
わたしの心理と記憶とを侵食する……

もう帰る場所などない。
わたしはすでに「帰って」いるのだから。
後は失うばかりだと、
神の啓示に反抗もする。

あれは遠く、遠い、
浜昼顔の咲く海の岸辺。
わたしはただ歩いていた。
夢もなく、目的もなく……。


自由詩 遠く、遠い…… Copyright おぼろん 2023-07-16 00:58:50
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