食卓に朝を置く人
夏井椋也


未だ血圧の上がりきらない朝
乳白色の靄がかかった意識の西側から
コーヒーの香りが流れ込んでくる

オールを失くしたボートさながら
廊下をゆうらりと彷徨いながら
食卓のほとりに流れ着く

ベーコンエッグ
バタートースト
少し苦めのマーマレード
さりげなく置かれた一輪挿しの小花が
食卓に彩りと季節を装わせている

誰も見ていないTVが
ぬるぬると垂れ流すのは
相変わらず人と街が傷つけられたNEWS
その向こう岸から聞こえてくる
食器の触れ合う音がボサノバだから
今日のあなたは上機嫌

あなたが食卓に朝を置くから
今日の香りと彩りと音が始まる

あなたが食卓に朝を置くから
私は取り逃がした私を取り戻すことができる

コトンと置かれた
コーヒーカップに向かって
出来る限り単調に「ありがとう」と言った



自由詩 食卓に朝を置く人 Copyright 夏井椋也 2023-07-15 08:08:09
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