食卓に朝を置く人
夏井椋也
未だ血圧の上がりきらない朝
乳白色の靄がかかった意識の西側から
コーヒーの香りが流れ込んでくる
オールを失くしたボートさながら
廊下をゆうらりと彷徨いながら
食卓のほとりに流れ着く
ベーコンエッグ
バタートースト
少し苦めのマーマレード
さりげなく置かれた一輪挿しの小花が
食卓に彩りと季節を装わせている
誰も見ていないTVが
ぬるぬると垂れ流すのは
相変わらず人と街が傷つけられたNEWS
その向こう岸から聞こえてくる
食器の触れ合う音がボサノバだから
今日のあなたは上機嫌
あなたが食卓に朝を置くから
今日の香りと彩りと音が始まる
あなたが食卓に朝を置くから
私は取り逃がした私を取り戻すことができる
コトンと置かれた
コーヒーカップに向かって
出来る限り単調に「ありがとう」と言った