陽の埋葬
田中宏輔
あの……おれ、夢見るんですよね、海の。ときどき夢のなかに海がでてきて、おれはサーフィンやってるんです。でっかい波にのってると、そのままヒューッて空に飛んでっちゃったり……あと……パイプ・ラインのなかをすべってると、ずっとずっと中のほうまで入ってゆくと、アーッすごいなーって気持ちよくなって……それで、ずっとずっとほら穴みたいにつづいてて……それが突然、マンホールになっちゃうってゆー、そーゆう夢、見ます。
あのー、きっと、夢のなかで、海がよんでるじゃないかなーって、おれ……思うんですけど。
(シャネルズ『ラッツ&スター』八曜社)
pipe line、manhole、夢のなかで、海が呼んでるって?
海が呼ぶ
(パウル・ツェラン『静物』川村二郎訳)
海が呼ぶ
(パウル・ツェラン『静物』川村二郎訳)
海が俺を呼ぶ
(ヴァレリー『夕暮の豪奢、破棄された詩…』鈴木信太郎訳)
永遠に海は呼ぶのだ──
(ゴットフリート・ベン『唄』Ⅱ、生野幸吉訳)
ああ、ふと、何かを思い出せそうな気がして、
読みはじめたばかりの本を閉じた。
Dust soon collects on books.
本には、すぐ埃が溜まる。
(研究社『NEW COLLEGE 新英和中辞典』)
埃を吹き払って、ページを捲った。
命をし幸くよけむと石走る垂水の水をむすびて飲みつ
(『万葉集』巻第七・雑歌・摂津にして作れる歌)
「石の水をお飲み」って、これのことかな。
(鉤括弧内=森本ハル『石の水』)
石の水、
(森本ハル『石の水』読点加筆)
この岩の古い肋骨
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
I found her under a gooseberry bush.
赤ちゃんは、グーズベリーの木の下で見つけたのよ。
(研究社『NEW COLLEGE 新英和中辞典』)
さあ、
(シェイクスピア『十二夜』第四幕・第一場、小津次郎訳)
おいで。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
ハンカチをお空け、
(シュトルム『みずうみ』森にて、高橋義孝訳)
さわってごらん。
(ジャン・ジュネ『花のノートルダム』幌口大學訳、句点加筆)
そこで、わたしは生まれたのだ。
(オウィデイウス『悲しみの歌』中村善也訳)
──誰でも胞衣をかぶって生まれてくるんでしょうね?
(芥川龍之介『夢』罫線及びルビ加筆)
それが僕というものを拵えている。
(ヴァレリー『テスト氏航海日誌抄』小林秀雄訳)
のがれることはできないのだ。
(ガルシン『ナジェジュダ・ニコラーエヴナ』小沼文彦訳)
ああ、苦しい、苦しい。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
石の水、
(森本ハル『石の水』読点加筆)
この岩の古い肋骨、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳、読点加筆)
欠けたものは数えることができない。
(伝道の書一・一五)
聖書のページを繰っている。
(ガルシン『ナジェジュダ・ニコラーエヴナ』小沼文彦訳)
そのときだ、コーヒーの匂いが、階段をのぼってくるのは。
(サン=ジョン・ペルス『讃』XVI、多田智満子訳、読点加筆)
小さい蟻が運んでいるのだった。
(川端康成『十七歳』)
彼らは墓を見いだすとき、非常に喜び楽しむのだ。
(ヨブ記三・二二)
箒はどこだね?
(ゴーリキー『どん底』第一幕、中村白葉訳)
──それ、骨だよ。
骨?
(レーモン・クノー『文体練習』12・ためらい、朝比奈弘治訳)
──それ、きみの妹の骨だよ。
これが、ぼくの妹の骨?
これが、ぼくの妹の骨?
これが、ぼくの妹の骨?
ああ、苦しい、苦しい。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
石の水、
(森本ハル『石の水』読点加筆)
この岩の古い肋骨、
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
Imsen,auf! es auszuklauben.
蟻ども、さあ、掘り出すのだ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
Imsen,auf! es auszuklauben.
蟻ども、さあ、掘り出すのだ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
*
一相であるべき合金の内部に、組成の不均一があることを偏析(segregation)といい、鋳塊の中で重い合金元素が底に沈降するような場合を、重力偏析(gravity segregation)という。この固溶体合金のように、凝固過程で最初に晶出した中心部と、あとで晶出した周辺部との間に濃度の不均一をおこすと、凝固完了後には、一つの結晶粒、または樹枝状晶の中で、中心と周辺の間に不均一がおこる。これを粒内偏析といい、かくして得られた組織を、有心組織(cored structure)という。
(三島良績『金属材料論』日本工業新聞社、読点加筆)
有心組織(cored structure)、有心組織(cored structure)。
水甕は泉の傍らで破れ、車は井戸の傍らで砕ける。
(伝道の書一二・六)
ollula tam fertur ad aquam,quod fracta refertur.
甕はそれが割れて持ち歸らるるまでは水の處へ運ばる。
(『ギリシア・ラテン語引用語辭典』)
そしてこの甕は。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
この柄杓は。
墓の中へでもはいるか。
(シェイクスピア『ハムレット』第二幕・第二場、大山俊一訳)
墓の中にでも、
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
おお、甕よ、あまたの甕よ!
(ネリー・ザックス『捨てられた物たちの合唱』生野幸吉訳)
火葬り損ねし樹下の古雛、
歌う骨、
(グリム童話『歌う骨』表題から、高橋健二訳、読点加筆)
蟻、
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
ここにあるのはなんだろう?
(シェイクスピア『ロミオとジュリエット』第五幕・第三場、大山敏子訳)
数えてみよう。
(ユーゴー『死刑囚最後の日』八、豊島与志雄訳)
石女の生涯を送らねばならぬのだが、
(シェイクスピア『夏の夜の夢』第一幕・第一場、福田恆存訳)
わたしは自分の骨をことごとく数えることができる。
(詩篇二二・一七)
ひとり密かに、
腰をかがめて生まれたのだ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
──かえでさん。かえでさん。かえでさん。
(倉田百三『出家とその弟子』第四幕・第一場、罫線加筆)
誰だ。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
岩の割目から呼んでいるのは誰だ。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
ほら、
(シェイクスピア『リア王』第五幕・第三場、大山俊一訳)
洞になった木の幹からは蜂蜜が滴る。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
齢を重ねた洞は蜜窩となるのだ。
雨なき雨の降る教典の上を、精霊の如きものが歩いている。
骨牌を捲るように梵字を引っ繰り返す婆羅門たち。
けわしい岩の裂目の中に姿が消える。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
あれはどこにいるか。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
蛭にふたりの娘があって、
「与えよ、与えよ」という。
(箴言三〇・一五)
あれはどこにいるか。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
da.
與へよ。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)
Produce the bodies,
二人の遺骸をここへ移せ、
(シェイクスピア『リア王』第五幕・第三場、大山俊一訳)
Der Vorhang ist hoch.
幕は上がっている。
(相良守峯編『独和辞典』博友社)
omne simile appetit sibi simile.
あらゆる類似のものは自分に類似のものを捜す。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)
optimi consiliarii mortui.
最上の助言者は死人なり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)
火葬り損ねし樹下の古雛、
歌う骨、
(グリム童話『歌う骨』表題から、高橋健二訳、読点加筆)
蟻、
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳)
蟻ならば、書物のなかの書物に精通していよう。
Geh!
行け。
(相良守峯編『独和辞典』博友社)
Vade ad formicam.
蟻のところへ行け。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』ローマ教会公認ラテン語訳聖書、箴言六・六)
Vade ad formicam.
蟻のところへ行け。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』ローマ教会公認ラテン語訳聖書、箴言六・六)
*
アリ地獄、アリ地獄、おれの聞きたいことをいってくれ!
(マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』第八章、鈴木幸夫訳)
おれのハンカチは、どこへ行ったのだ?
アリ地獄、アリ地獄、おれの聞きたいことをいってくれ!
(マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』第八章、鈴木幸夫訳)
おれの失くしたハンカチは、いったい、どこへ行ったのだ?
──はっきりわかる/その目じるしは?
(シェイクスピア『ハムレット』第四幕・第五場、大山俊一訳、罫線加筆)
刺繍されたアルファベットのTの文字。
──Tの文字?
おれの名前のイニシャルだ。
──そこで、お前は、磔木にかけられたというわけだ。
──さあ、降りなさい。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線及び読点加筆)
──降りてゆきなさい。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線加筆)
──残りの道は、ただ下りてゆくだけだ。
(サラ・ティーズデイル『長い丘』福田陸太郎訳、罫線及び読点加筆)
──残りの道は、ただ下りてゆくだけだ。
(サラ・ティーズデイル『長い丘』福田陸太郎訳、罫線及び読点加筆)
──もう、お前を逃がしはせぬ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線及び読点加筆)
──もう、お前を逃がしはせぬ。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線及び読点加筆)
*:Tristan < Celt.Drystan < L.tristis tristis=sad (三省堂『カレッジ・クラウン英和辞典』)
*:「そちは悲しみにつつまれてこの世に生まれてきたのだから、そちのなはトリスタン(悲しみの子)とよばれるがよい。」 (ペディエ編『トリスタンとイズー物語』1、佐藤輝夫訳)
*
すると、蟻地獄は
きたないよれよれのハンカチの端をつまんでひっぱりだし、ひろげて見せた。
(ジョイス『ユリシーズ』1、テーレマコス、高松雄一訳)
たしかに、ぼくのハンカチだった。
と、思った
瞬間
ぼくの身体は
そのハンカチの真ん中にできた窪みのなかに引きずり込まれてしまった。
そして、蟻地獄に噛み砕かれると、
魂がすぐに吐き出された。
身体の方は
いつまでも咀嚼されていた。
*
──どこの道からきたのかえ。
(ゲーテ『ファウスト』第一部、相良守峯訳)
雨の道からやってきた。
雨なき雨の降る道を。
──おまえの父も、そうじゃった。
さもありなん。
わたしと父は一つである。
(ヨハネによる福音書一〇・三〇)
見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。
(ヨハネの黙示録三・二〇)
わたしは戸の外に立って、たたいている。
(ヨハネの黙示録三・二〇)
eo ad patrem.
私は父のところへ行く。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)
eo ad patrem.
私は父のところへ行く。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)