いつか あえかなきみ
AB(なかほど)

気がついてみると、あの頃にようには心や脳
が動かなくなったのか、とかなんとか。そん
なことはないはずで、身体と心のあちこちが
ゆるんで、ちょっとやそっとしたことなんか
で胸が高鳴り、涙を流している。

使い古されてしまった言葉を並べるのが恥ず
かしく、億劫になってしまって、ましてや、
こんな何の足しにもならないことをみなに伝
えるのが文学のはしくれになるものか、なん
てことを。

いつか、そう。ずいぶんと前にIさんがはる
かにかっこいい喩えでそう言ったように、も
う、あの頃にようには表現できないだろう。

それがよいのかわるいのかなんてのはそれぞ
れで、つぎの答え出す前に、Iさんはまた、
ずっと先に行ってしまいそう。いや、実際、
もうあんなにも遠くなってしまった。






地図を眺めても、地球儀を回しても、西方の
かなたにそんな国なんかない。少しは知って
いる。今そこにどんな国があって、違う幸せ
を望んでいることも、少しはわかっている。
判っている。それでも、風がふいたら、なに
げなくやさしい風がふいたら、やっぱり、僕
らのあの西方のかなたがあるような気がする
んだ。そこからふく風が、あえの風。


夏が終わるよってないているんじゃないよ。
でも、さみしぃ、ってのは少し混ざってる。
夕焼けに溶けるように、あえの風に流されて
いくように、なにげなくやさしい人たちのい
としい ともれてしまうのが蜩の声。



こんなふうにしてるのを、きみは見ている。
その瞳が何を言いたいのか、詩人でもないか
らわからないよ。でもね、それでもいいよ。
そばで、遠くで、ずっと前から、そうしてい
る。ときどき思うんだ。誰かのあえの風にな
りたいって。その誰かはきみかもしれない。
きみ以外の誰かにしか届かないのかもしれな
い。それでも。





西方のかなたから
東方のかなたから
いとしいって
少しなくだけで
はるか彼方の誰かが
少しだけ
あえの風を感じて
きみに
きみたちに
微笑んでくれる

苦虫ばかりのIさんも、相変わらず優しい



   





    


自由詩 いつか あえかなきみ Copyright AB(なかほど) 2023-06-19 19:10:02
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