ホームにて
TAT
今もあの鉄階段を憶えてる
カンカンカンカン
大きな音を立てて俺の革靴は
地上二階建ての外階段
広島の郊外都市
潰れかけの旅行代理店
自社ツアーがあんのかないのか
分かんないような旅行社の
孫支店に飛び込んで
蟹の時期でもない城崎の
紅葉バスツアーを
採用してくれないか
ほとんど土下座で
頼み込んだ
催行トケまくりのバスツアーに
それでも採用してくれませんかって
頼み込んだ
俺の切り札は出石廻りの
秋蕎麦だけだったけど
向こうは高校出たてみたいな
スーツがフレッシュな
おぼこい黒髪ガールで
でも彼女こそが
あの旅行会社の
ツアー企画のブレインだった
俺は福山の案内所からの情報で
それを実は知ってた
帰り道
河沿いの桜が満開で
大きくハンドルを切って
防波堤まで降りて
そこを爆走しながら帰ったのを
憶えてる
結局めでたくツアーを採用してくれて
でもトケが大半で
儲かりはしなかった
あれは2007頃の話だ
春は
立雲峡の桜
樽見の大桜
それらを売り捌いて
広島や岡山の日帰りバスツアーを
必死こいて引っ張って来て
糊口を凌いでた
やがて竹田城が
日本の天空の城ラピュタだと
言われてブレイクする
前夜の話だ
人生にはアホみたいに熱狂する
ジャックポットみたいな日々があるよ
人生にゃ凪があり
おなじように時化があるよ
全て過ぎ去って今は
あの頃に出会った人々が
一人残らず今
幸せだったらいいなって
漠然と思うよ
漠然とそう思う