タクシードライバーの話
板谷みきょう

「仕事中に小学3年の息子から電話が来て
お母さんが首吊ったって言うもんだから
もう、ビックリしましたよ。
でも、よく聞いてみたら
妻の首が攣ったことらしかったので
そのまま寝させてなさいって言って
その日は、仕事を続けたんです。

当時、妻は介護職員をしてまして
丁度、夜勤明けだったんですけど。

私は、隔日勤務だったので
翌朝に帰ったんです。
普段は起きてるはずの妻が
寝たままだったもんで
昨日のこともあったから
まだ具合が悪いのかと思って
見に行ったら服のまま
変な鼾をかいてました。

それで
直ぐ救急車を呼んだんですが
脳卒中でした。
手遅れだと医者に言われましたが
何とか命は助かったんです。

でも
半身麻痺で歩けなくなり
言語障害と記銘力障害で
満足に話せなくなって
物を覚えられなくなってしまった。

家族の顔は覚えてるらしいんですが
毎朝、目覚めると何処に居るかを
覚えてないらしいです。

息子も高校生になりましたが
家庭内暴力が酷くて
警察にも何度もお世話になり
精神科にも掛かっています。

あの時
息子の電話で帰っていたら
こんな風になって無かったんじゃないかと
悔やまれてならないですよ。」

いつも施設のルームの片隅で
独り俯きながら
他の入居者達の動向を
恐々眺めて過ごしている

三十歳半ばの女性は
やっと担当のボクを覚えてくれ
白衣を着てルームに行くと
目敏く見つけ
パッと顔色を替えると
車椅子を漕いで
来てくれるようになった。

暫くして
タクシー運転手の夫が話してくれた
誰にも話せなかったこと。


自由詩 タクシードライバーの話 Copyright 板谷みきょう 2023-05-30 10:53:52
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