誰かが遠くで笑ってる
ホロウ・シカエルボク


路上に散らばった散弾銃の薬莢を拾いながら朝早くから昼過ぎまでずっと歩いていたんだ、それが本物かどうかなんてことはどうだってよかった、サバイバル・ゲームに使われるチープなものだって全然かまわなかった、ただそれが薬莢っていう概念のもとに存在しているものであるのなら紙細工とかでもかまいやしなかったさ、どうしてそんなことをしていたのかって?理由なんて説明出来るほどのものはなにもないんだけどね、そうだ、ただ、あの日は朝からとても退屈していて、それを道端に少しずつ散らばっているのを見つけたそいつを拾い集めて歩くことが、その日俺が手に入れることが出来る最高の娯楽のような気がしたからさ、事実、そんな予感に間違いはなかったよ、そんなことを一生懸命やっている間、俺はどんなことも考える必要はなかった、それだけがプログラムされたロボットみたいにずっと拾っては歩いていたんだ、そのうちに素手で持っているのが難しくなって、ちょうど近くに落ちてたレジ袋を拾って全部入れたんだ、それからは何も困ったことなんかなかったよ、袋は大きめで、これなら隣町まで歩いてもいっぱいになることはないだろう、もっとも、それより先に薬莢のほうがなくなるかもしれないけれどね、そんなことはどうでもよかった、だってそうだろう、暇潰しでしか手にしない読み物の続きなんてたいていの場合まったく気になったりしないものだ、路上に散らばった散弾銃の薬莢を拾う、これにそれ以上の意味はなかったし理由なんてなかった、それは非常に思考として限定された思いつきに過ぎなかった、少しくどいかな?でも俺、それくらいの文章の方が好きなんだよな、すんなりと読めるものなんてなんだか嘘をつかれている気がしてさ、「読みやすい文章を書きましょう」って、昔教えられたじゃん?あれ、俺凄く疑問だったんだよね、そんなこと文章を書くことになんの関係もないじゃないって、もちろん、教科として指導する側にしてみれば至極当然の指導なんだろうけどね、なにかこう、さっきの話に絡めるなら、大人がみんなして俺たちに嘘のつき方を教え込もうとしているような、そんな気がして仕方がなかった、人間なんて単純な動物じゃない、本当はメチャクチャややこしい生きもののはずだよ、でもそうじゃないんだ、この人生で数えきれないほどの人間と出会ってきた、何人かはとても付き合いがいのあるやつだったけれど、ほとんどの人間はそうして長いこと教え込まれた嘘を鵜呑みにして生きていた、それは俺が天邪鬼だってだけのことかもしれないけどね、俺にはそういう疑問を素通りして生きていくことは到底無理なんだよな、それにしてもこの薬莢、少し多過ぎないかな、それに、誰かがわざと並べているみたいに歩道の端っこに気付かれないくらいの幅で並べられている、籠を逆さにして、紐を結わえた棒で支えてそこまで餌を並べて鳥を捕まえる罠あるじゃない、あんな感じでずっと並べてあるんだ、車道とか歩道橋なんかはかわしてね、平坦な道だけをずっと歩けるように並べてある、本当に罠だったりして、と俺はレジ袋の三分の一ほどを占めた薬莢の重みを感じながらひとり言を言った、もう一枚袋を重ねないと破れてしまうかもしれないな、すぐに新しいものを手に入れて袋を二重にした、この街じゃそういうものを手に入れるのは全然難しくないんだ、ゴミ箱っていう概念を持っていない人間がたくさん居るからね、それにしても、ゴミの捨て方すら知らないようなやつほど一人前みたいな顔して歩いているのはいったいどういうわけなんだろうね、それ、昔っから疑問なんだよな、気付くと薬莢を拾いながら歩いて二時間くらい経っていた、でもそれは全然終わるようには見えなかったし、始めた以上途中で投げ出すつもりもなかった、なんならレジ袋を五重くらいにする意気込みで臨んでいた、太陽がてっぺんに昇ると随分暑くなった、オフィス街に突入して、偉そうな服を着て偉そうな歩き方をしてる男や女が増えた、ジムでしこたま鍛えてるやつか、稼ぎのほとんどを脂肪に変換してるやつの二種類しか居ないみたいに見えた、そんな中を半袖シャツとジーンズを身に着けただけの俺が時々かがんで薬莢を拾っているさまはさぞかし異様だろうなと想像がついた、裏通りへ回って摩天楼に隠された前時代的な小さなオフィスビルの裏口で金ばさみを見つけてそこからはそれを使った、まあ窃盗には違いないが、空っぽのビルの空っぽの用具室にあったものを盗んだって誰も煩いことを言いはしないはずさ、そうやって道具を使って拾っているときちんと働いている人間に見えた、不思議なもんだよね、やってることはなにも変わってないっていうのに、まあともかく、それから三十分ばかりそうして拾い続けた、ビルの影に入ったのか薄暗くなり、路面に集中しているうちにいつの間にか裏通りに潜り込んでいた、オフィス街からも外れているようだった、ふいに、後ろから誰かに押し倒され地面に倒れ込んだ、反射的に数度転がって跳ね起きたが、背後には作業服を着た男が一人転がっているだけだった、後頭部からどくどくと鮮血が溢れ出していた、銃か?何があった?辺りを見回すと程遠くないビルの屋上で何かが光った、慌ててでかいゴミ箱の後ろに隠れてしばらくの間じっとしていた、けれど、死体のそばに長く留まるのもいいことには思えなかった、あのビルはこの通り全体を見渡せる位置にある、俺はでかいゴミ箱を盾にして引き摺りながら通りを移動した、上手く死角になっているのか確信は無かったが、それ以上の追撃は無かった、路地を出る頃にはクタクタになっていた、結局のところ罠だったのか、あの作業服の男は俺を助けてくれたのか、誰がなんのためにこんなことを仕組んだのか、なにも分からないまま死体と死の恐怖だけが転がっていた、タクシーを拾って家に帰った、気付く必要のないものに気付いて追いかけたりしていると、こんな目に遭うこともあるらしい、明日からの俺がどんなことをして生きるのか全く分からなかった、少なくともしばらくは歩道に落ちているものには目もくれないだろう。



自由詩 誰かが遠くで笑ってる Copyright ホロウ・シカエルボク 2023-05-29 21:22:34
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