詩情よ、その街路を
ホロウ・シカエルボク


粗悪な要素は瞬く間に蔓延する、そうなったらもうどうしようもない、知らない振りをして、絶対に巻き込まれないように細心の注意を払わなければならない、流されるものはつるんで騒ぎたがる、デシベルの値と真実が比例するとでも考えているみたいに、不治の病みたいなものだ、それで死ぬことは無いけれど、二度と正常な状態に戻ることは出来ない、どうしてそのようなものばかりが感染するのか?答えは簡単だ、単純明快、思考を必要としない、一番簡単な印象に飛びついて結論づける、考えるタイムラグが無い分あっという間に決定する、ひたすらに脳味噌を求めて徘徊するゾンビのようにね、ああ、ジムジャームッシュ、あんたはとても正しいことを言ってるよ、俺は絶対にあの映画を否定したりしない、明け方間近、薄暗い部屋の中で胡坐をかいて、ボヤのように白々とし始める空、接続不良、失われた眠りはただただ欠伸の製造機になる、温度のわからない汗が滲む、今日の出来事のすべては目に見えている、禁忌を侵したから人間は生まれた、そうだよね?なのに救済されたがっている、笑わせんなよ、道端で野良猫のように滅びるがいい、純粋で照準の定まらない憎悪、自己嫌悪の二軒隣、空っぽのビルのテナントの床に転がったゴキブリの死骸とのシンクロニシティ―、どんなんだっていいんだよ、リズムがそのまま声になれば、魂が求めているのは論理的展開じゃない、声帯が思うように踊ればそれだけでいい、下手な鞭のしなりのようにうねりながらベッドから降りる、眠ることは諦めた、別に二度と眠れないわけじゃないし、そのまま踊れ、どうしても必要になったら目を閉じればいいだけだ、インスタントコーヒーを入れる、ジョン・ゾーンを聴きながら飲む、イカレてる、でもそれが正常なルーティン、やりつくせないまま死にたくはない、急いでいるのか足掻いているのか、たまに噛み合うギアの快感があるからなにも投げ出すことが出来ない、どんなクジだって当たりなんかそんなには出ないものだ、食道が蒸気に侵される、火傷したかもしれない、でもそれで困ることはあまりない、欠伸が出る、ふざけるな、朝のシャワーを浴びる、日付を忘れる、洗濯機を回す、回しながらラジオを聞く、デビッド・ボウイの追悼特集をやっている、ティン・マシーンが聴きたくなったけれど一曲も流れなかった、レッツ・ダンスなんて別に聞かなくてもいいのに、天気予報のチャンネルを探す、雨が降らないのなら少し散歩に出てもいい、雨が降るのならなにか読み耽るものを探せばいい、インプットとアウトプット、食欲みたいに求められたら一番幸せ、どうしたって実感し続けられるわけはない、それには必ずタイムラグがある、すべて終わってから初めて気づく時だってある、だから手にしたものと失くしたものを気にし過ぎる必要はない、すべては去っていき、すべてはやって来る、花粉や糸くずのように僅かなものたちが付着して、新しい作用を起こす、理知ある人間という生きものにとって思考、感情の揺らぎは自然現象でなければならない、そしてそれは、理路整然としたものであってはならない、本能で読む理性だ、獣の猛りを正しく扱えば理性で表現される、俺はそれこそを詩情と呼んでいる、天気予報が始まる、雨は降らない、外に出ることにする、太陽の光は強いけれど風は少し冷たい、どこに行く?あてなど無い、目的が無くても人は出かけることが出来る、そんな日にはとんでもない気付きに出会えることもある、でもいつもじゃない、待ってはいけない、どちらに向かうかすら決まってはいない、風上に向かうことにする、まっすぐ歩けば海まで行ける、でもそこまで歩く気はない、海沿いの寂れた住宅地に向かおう、錆びたトタンの並んだ家屋の間を抜けるのもいい、海の側に住むのはどんな気分だろうか、台風の日には少し落ち着かないかもしれない、波の音をいつでも聞いていられるのは素敵なことかもしれない、でもそれにしたって結局、どんな人生を歩くかに付随する事柄に過ぎない、俺は走り出す、レオス・カラックスのあの映画みたいにさ、少し前に耳にしたデビッド・ボウイのせいかもしれない、モダン・ラブは流れていたはずだ、アレックスはなんて言ってた?誰にでもなく俺は問いかける、なあ、あのとき、アレックスはなんて言っていたんだ?「腹にコンクリが詰まってる」そうさ、確かそんなことを言っていた、腹にコンクリが詰まってる、生活をやり直すんだ、誰だってそうさ、本当は誰だってそんなことを感じているに違いないんだ、問題は対処さ、抗うのか、受け入れるのか、その選択はそれからの人生をはっきりと分けてしまうぜ、俺はスピードを上げる、冷たい風は向かい風になって俺の速度を落とそうと試みる、レールに乗って並走するカメラクルー、そのレンズからこちらを眺めているのもやはり俺自身の眼なのだ。



自由詩 詩情よ、その街路を Copyright ホロウ・シカエルボク 2023-05-12 21:12:57
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