ねずみ色の上衣
リリー


 繁華街は夜になれば
 ネオンが真向かいから躯にしみ入って来る
 路地に流れる舗装された浅い溝の様な川の側、
 一軒の隠れ家的な 名曲喫茶があった

 水曜日になると
 ねずみ色のスウェード調のコーディガンを羽織って
 お茶を飲みに行くようになった昔
 
 メンデルスゾーンの
 ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
 を リクエストしたことがあった

 何か 細くて 思いつめた そんな感じがするね。
 そうねマスター。だから好きなのよ。

 そして その日マスターが
 北欧風のお洒落なケーキ皿にスフレチーズケーキを
 一切れ 差し出し
 「食べてみて。」
 昨日 娘二人がママの誕生日に
 作ったのだと、言って笑った

 その黄色は鮮やかに目にとびこんで
 きらきら 目の前に跳ねると瞼の裏にまで
 めくるめく様な一時へ誘ってくれた

 一杯のお茶とコンチェルトのために
 ねずみ色の上衣にブラシをかけ
 会社帰り 唇に紅をさす
 そんな
 私もかつて居た
 
 
 


自由詩 ねずみ色の上衣 Copyright リリー 2023-05-09 15:41:30
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