ねずみ色の上衣
リリー
繁華街は夜になれば
ネオンが真向かいから躯にしみ入って来る
路地に流れる舗装された浅い溝の様な川の側、
一軒の隠れ家的な 名曲喫茶があった
水曜日になると
ねずみ色のスウェード調のコーディガンを羽織って
お茶を飲みに行くようになった昔
メンデルスゾーンの
ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
を リクエストしたことがあった
何か 細くて 思いつめた そんな感じがするね。
そうねマスター。だから好きなのよ。
そして その日マスターが
北欧風のお洒落なケーキ皿にスフレチーズケーキを
一切れ 差し出し
「食べてみて。」
昨日 娘二人がママの誕生日に
作ったのだと、言って笑った
その黄色は鮮やかに目にとびこんで
きらきら 目の前に跳ねると瞼の裏にまで
めくるめく様な一時へ誘ってくれた
一杯のお茶とコンチェルトのために
ねずみ色の上衣にブラシをかけ
会社帰り 唇に紅をさす
そんな
私もかつて居た