留守番電話
リリー

 よる
 音が 音に渦をなし
 風が風との 
 谷間をなして
 私が 私のゆめを捨てる

 二十三時ごろ だったと思う
 玄関先でスニーカーを履いていたら
 「ノンちゃん、僕だけど。」
 遠方に住う兄の声が 留守電のメッセージで聞こえた
 
 履きかけていた靴を脱ぎ捨てて廊下へ上がり
 掴み取る受話器

 「どうしたの?こんな時間に。珍しいね。」
 興奮おさえこみ 何かあったのか、とたずねる
 「何も無いよ。何もないけど、かけたくなったんだよ。」
 その一言に、慟哭した

 出来ない仕事があったっていいじゃないか
 努力して駄目なら辞めればいい
 死ぬことなんかないんだよ!
 僕だって、歯車のネジの一本になれる人間じゃないんだ

 よる
 音も 風も 私も
 私から遠いのに

 電話を切ってから 兄の言葉の 
 ほろ苦い香りのなつかしさに胸詰まらせながら
 リビングテーブルに置いてあった遺書を破り捨てた

 


自由詩 留守番電話 Copyright リリー 2023-05-09 05:58:12
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