水割り
リリー

 二人 行きつけの飲み屋では
 入口から一番奥まったカウンター席
 三杯目のグラスを掴み取り
 頬張った氷ひとつ
 噛み砕く彼女
 
 大腿骨を一度骨折してから足腰が弱り
 本人は自覚を持たないでいる認知症な高齢の母親を
 介護する友人

 私には彼女のロックグラスに川が見える
 常に影を落として ものうく
 絶え間ない流れ
 淵に来ると 淀んだ様でありながら
 その底深く 激しく渦巻く
 一日中 殆ど陽のさす時がなく
 時折 覆いかぶさった樹々からしたたる大きい滴が
 驚いた様に波紋をおこすのみであろう。

 絶え間ない流れは
 常に影を落として
 彼女の溜め息 を 引き受けていた
 ほんの 一瞬、
 魚の姿を認めたけれど
 彼女も
 わたしも最早 若くはない

 二人 二十二時過ぎに店を出た
 駅前で彼女と別れ 坂を下る足元に
 黒い水溜り
 よけようとして目を落としたら
 ビニール傘を、忘れたことに気がついた。
 


自由詩 水割り Copyright リリー 2023-04-22 17:28:07
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