水割り
リリー
二人 行きつけの飲み屋では
入口から一番奥まったカウンター席
三杯目のグラスを掴み取り
頬張った氷ひとつ
噛み砕く彼女
大腿骨を一度骨折してから足腰が弱り
本人は自覚を持たないでいる認知症な高齢の母親を
介護する友人
私には彼女のロックグラスに川が見える
常に影を落として ものうく
絶え間ない流れ
淵に来ると 淀んだ様でありながら
その底深く 激しく渦巻く
一日中 殆ど陽のさす時がなく
時折 覆いかぶさった樹々からしたたる大きい滴が
驚いた様に波紋をおこすのみであろう。
絶え間ない流れは
常に影を落として
彼女の溜め息 を 引き受けていた
ほんの 一瞬、
魚の姿を認めたけれど
彼女も
わたしも最早 若くはない
二人 二十二時過ぎに店を出た
駅前で彼女と別れ 坂を下る足元に
黒い水溜り
よけようとして目を落としたら
ビニール傘を、忘れたことに気がついた。