幽霊の話
こしごえ

ある時
自分という存在は無い
と思った
こう思ったことで自分の大切な部分を守ったのだ。
今になっても時々
自分という存在は無いと思う。

五月のなかばをすぎた頃
夜、水を張られた近くの田んぼから
かえるの合唱が聞こえてくる。
かえるたちの歌声は響いていて
かえるたちの連なっている歌声は
どこか静かな雨音に似ている。
闇のなかに響く
歌声。

かえるたちは私の存在に気付いていないから、
かえるたちにしてみれば私の存在は無いに等しい。
さまざまな存在が在るというのに、無いということ
(私はおそろしいことを言っている)

かえるたちの歌声の響く
闇が冴え返り
この闇の気配を私は聴く
自分という存在は無いと
この時にも思う
無いことで私は誰にも汚されない
故に
在るということが ありがたい


空っぽの殻も解けて気化してここから無くなりました
のこったのは
かえるたちの歌声の響く闇と
星々の光


自由詩 幽霊の話 Copyright こしごえ 2023-04-05 13:40:15
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