幽霊の話
こしごえ
ある時
自分という存在は無い
と思った
こう思ったことで自分の大切な部分を守ったのだ。
今になっても時々
自分という存在は無いと思う。
五月のなかばをすぎた頃
夜、水を張られた近くの田んぼから
かえるの合唱が聞こえてくる。
かえるたちの歌声は響いていて
かえるたちの連なっている歌声は
どこか静かな雨音に似ている。
闇のなかに響く
歌声。
かえるたちは私の存在に気付いていないから、
かえるたちにしてみれば私の存在は無いに等しい。
さまざまな存在が在るというのに、無いということ
(私はおそろしいことを言っている)
かえるたちの歌声の響く
闇が冴え返り
この闇の気配を私は聴く
自分という存在は無いと
この時にも思う
無いことで私は誰にも汚されない
故に
在るということが ありがたい
今
空っぽの殻も解けて気化してここから無くなりました
のこったのは
かえるたちの歌声の響く闇と
星々の光