白椿
リリー

 その日の空は画用紙に、水彩絵の具の青を薄めに溶いてから
 ほんの少し白を混ぜて丁寧に塗った様な色だった。
 山裾を走る県道の側に建つ総合病院で、予約の外来診療を終えた僕は
 急な傾斜が緩やかに拗る小道を、京阪電車の無人駅へ下り行く前に
 高台で散策してみたくなった。
 県道への抜け道を少し登ると、気持ちはすっかり高揚してしまう。
 ぼくの右親指がアイパッドで、写真のシャッターを三度切る。
 角度をずらし見ながら捉えたものは
 大きな枝垂れ桜が今を濃く、背景にゾワゾワと靡いている竹の秋。

 自分で撮った写真に些か満足し帰ろうとした僕は
 ある古民家の庭先に立ち止まる。
 庭石が敷かれる土に植った椿の木。
 どれだけかの時間、ぼくの心には構想が
 大岩に当たって砕け散る波飛沫となって。
 脳裏に、小野小町九相図が浮かんできた。
 絶世の美女との逸話が残る女の死体が野辺に
 打ち捨てられたまま腐乱し骨になる。
 その有り様が九段階に分けて描かれる仏教絵画。

 椿の枝は葉っぱの深緑で覆われて
 そこからカップ状したままの花が落ちた時。
 それはきっと、まるで
 若い女の頬つたう涙のまるい一雫にも似ていたのではないか。
 庭砂利に落ちた花は、夕風の溜め息や
 朝の日差しの私語のようなお喋りにも耳傾けて
 そこに咲いていただろう。
 何が、なにがこの一輪を
 酷いとも思える今に変えてしまったのか。
 雨、であろうか。打ちひしがれて潰れた花は
 茶色く朽ちて、元のすがた跡形も無い。

 僕は目線を上げて見た。木には清らかな白の、満と咲く。
 そこに未だ蕾も有れば、開いたばかりの愛らしき顔もある。
 完璧な美しさなどありはしない。そのことを、
 白椿はサザンカの様に散ることが出来ない生涯で、身を晒し
 語っているのかもしれない。



自由詩 白椿 Copyright リリー 2023-04-02 17:43:24
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