オカルト
岡部淳太郎

眼を閉じよ
どんな風景が
どんな制裁が
君をここまで連れてきたのかを想像せよ
踏みつぶされた
ひとつひとつの物語を噛みしめて
陽の下でのあらゆる可能に背を向けて
夜の中での不可能に随伴するのだ
眼を閉じよ
宇宙が静かに
だが確実にその存在を主張しつつあるいまこそ
君は犬の光に照らされて
攪拌された真の歴史を実行するのだ
百の夜が開かれ
百の夜が閉ざされる
この地上で
入水した英雄たちの屍を背負い
垂直に起き上がって狩りの姿勢でほくそ笑むのだ
時は夜
どこまでも伸びてゆく鏡の夜
君は眼を閉じて
毒に変った傷を
人類の街路に向けて開け
孕まれていた死がゆっくりと目醒めるだろう
騙されていた種がゆっくりと歩き出すだろう
眼を閉じよ
何が見えるのか
大声で叫べ

眼を開け
どんな習慣が
どんな懲罰が
君をあそこまで運んできたのだったかを確認せよ
足蹴にされた
どろどろの感情を舌先で舐めて
正当化された私怨に固まって
不当な事件の記憶を告発するのだ
眼を開け
宇宙は口承で伝えられ
素数に単純化されて封印された
その偽装した果実を孤独のうちに繙け
君は魚の知恵に照らされて
呪われた書物に読みふけるのだ
百の眼が開かれ
百の眼が閉ざされる
この街区で
またひとつの新しい星気体週間アストラルウィークスに微笑むのだ
君は夜
すでに橋を渡り終えた夜そのものだ
君は眼を開いて
生まで引き伸ばされた死を
人類の寝室の前で閉ざせ
晒されていた患部がゆっくりと隠されるだろう
守られていた恥部がゆっくりと語り出すだろう
眼を開け
何がまだ見えないのか
大声で叫べ

眼を閉じよ
静かに仰臥してあらゆる声に耳をすませ
夜の馬も夜の騎士も夜の静物も
すべての怪しく蠢く夜の鬼畜どもは
決戦の時を迎えて雄叫びを上げるだろう
また瞼の裏の
夢ではない明らかな映像の中で
君は月下での人類の大量死を見るだろう
かつてない飼いならされた価値の大量虐殺
君の死を隣の君がみとり
隣の君の死を君がみとる
かつて経験したことのない幸福な死
それらの呪われたのではなく祝福された
声と映像に飽きたなら
眼を開け
おもむろに起き上がって窓の外の夜を眺め
辻斬りや辻説法が幅を利かせていた過去を思って
鳥の秘術に照らされて
これまでの数多の物語を歌え
時は夜
幽霊はすべってゆく
君は歩いてゆく
隠されていた夜は
いま
急速にあばかれる



連作「夜、幽霊がすべっていった……」


自由詩 オカルト Copyright 岡部淳太郎 2005-05-09 19:58:22
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夜、幽霊がすべっていった……