湖空
リリー

 どれだけか時間は過ぎたのかもしれない

 マンションの玄関前の共用廊下で
 手摺もたれて湖を眺めると
 淡墨色した空から高度を下げてくる
 鳶一羽が
 湖畔の並木を転回する

 どれも樹高に差のあるものでなく
 並木は西の方角に見える
 叡山の稜線を
 遠近法で突き抜ける

 飛翔している鳶が樹へ舞い降りた

 こんもりと枝葉茂らせた幹のてっぺんに
 鳶の足が掛かると
 しなる幹の上部から揺れ始める
 北に 対岸が消え失せて
 空との境目も無い湖空を背にして

 凪を刻む雨霧の色がみえてくる
 樹は己の軸を確かめるのに十分な時を使い
 静止した

 鳶はもう一羽が停空飛翔するところまで
 上昇していた

 濡れた路面に三台続く車の走行音

 再びは舞い降りずして去る二羽の鳶を今しがた
 見た筈なのに
 もう どれだけかの時間を独り過ごした様に
 思えてならない




自由詩 湖空 Copyright リリー 2023-02-19 07:18:49
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