夜の終わりに
室町

ノートからすべり落ちた文字は
こな雪になって吹雪いている。居酒屋の軒先に。黒く光るマンホールの上に。
夢の中で何度帰っていったことか。同じ道を、アパートの廻廊を。
落ちた鳩を抱いて何度尋ねていったことか。
誰もいない部屋。そして、何百何十の夜に何百何十も目覚める。

駅にいこうとして踏切を渡るたびに電車に轢かれそうになる。
「あの無数にうねる線路のどこに逃げればよかったの?」
とあなたはいった。
プラットフォームに立って、いつも行き先を間違える。
電車は通り過ぎてしまうか前の駅に停まる。そして死んだように目覚めるのだ。
散った灰を手さぐりでかき集めるひそかな罰。
「もう指さきまで凍えてしまったわ」

注意を促すだけのクラクションの音のように低く短く霧笛が鳴った。
目を覚ますと耳もとまで霧が漂い貨物船が大きな船腹をわたしの傍らにつけている。
瞼を開けば消え、目を閉じるともやのような霧と大きな船の気配がすぐそばにある。
みえない空にマストをかざした貨物船は静かに待っている。
(すべてを置いていく前に、ほんの少し時間をくれないか)
深煎りのコーヒーに砂糖を入れて
苦さを飲み干す時間を。








自由詩 夜の終わりに Copyright 室町 2023-01-29 07:02:55
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