思想
岡部淳太郎
足下に何かごつごつごろごろした硬いものが転がって
きていて、何だろうと思って拾って見てみると、それ
は一個の思想だった。そいつは手のなかでいきなりよ
くわからないことを喚き出したので、びっくりして思
わず放り出してしまった。すると思想はごろごろと転
がり、跳ねるように移動していった。そしてまた新た
な人の手のなかに収まると、同じようによくわからな
い異星の言語のようなことを怒ったように喚き出す。
そんな言葉を理解出来る人間など誰もいない。それで
もかまわず、思想は転がって飛び跳ねて、道行く人々
に向かって懲りずに喚きつづけるのだ。その様子を眺
めて、理解の追いつかない頭で思想というものについ
て考えてみた。それは四角くてどこでもないものだ。
サイコロのように四角く切り刻まれた、融通の利かな
い肉片。そして自らの正しさだけを信じて他の考えを
受け入れられないから、どこにも行けない。それが思
想というものの悲しい現実なのだろう。そんなふうに
考えていると、思想はこちらの心を見透かしたかのよ
うに、いきなり罵倒の言葉を連続で喚き始めた。私は
多少の憐れみの気持ちで思想を見つめた。もうおまえ
の居場所はないんだよ、人々はもっとふわふわした、
漂う空気のような曖昧さを必要としているんだ。おま
えじゃない。おまえみたいな硬いものじゃないんだ。
どうせ誰からも見限られ、どこにも行けないのなら、
私が死なせてあげよう。私はなおも喚き罵倒しつづけ
る思想を、手のなかでゆっくりと握り潰していった。
(二〇二一年十二月)