弥生湯
リリー

 暖簾のむこうに彼がいて
 いつも私を待っててくれた
 あの頃
 
 石鹸の匂いするあなた
 寄り添って
 絡める腕のまだ熱る
 そうやって
 歩いた夜道の風を覚えてる

 洗い髪な私がまっすぐ帰るのを嫌がると
 あなたは下宿の近所を一回り
 あの道灯りを覚えてる
 
 ワンディーケイな部屋に帰った
 あなたはいつも
 冷えた缶ビールを飲んでいた
 私は何を飲んだかしら?
 それは覚えていないけど
 暖簾の向こうに居てくれた
 あなたが買ってくれたフルーツ牛乳
 飲み干した時の
 うれしさだったら覚えてる

 そんな夏の、
 過ぎていつからか私が行かなくなった彼の部屋
 そして或る日あなたは教えてくれた

 「あの銭湯が、無くなったよ。」

 胸の奥で
 おうむ返ししたあなたの言葉 今も覚えてる


 
 


自由詩 弥生湯 Copyright リリー 2023-01-21 20:51:41
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