湯の星より
本田憲嵩

俺はあした温泉に行くだろう
上司のどんな長い説教よりも耐えかねる
熱い湯とその沈黙を買いに
俺はあした温泉に行くだろう
事務所の背もたれとしてはまったく機能しない岩肌
そのまったく気づかいのない極めて武骨な感触を味わいに
俺はあした温泉に行くだろう
地球の流す汗水が人間の流す汗水と混じり合っている
ああ 静かにせせらぐという手段で
温泉は湯気が出るほどにそれ以外の事を黙り込んでいる
温泉は極めて無口な地球の代弁者だ
冷え切った冬の仕事帰りの背骨を癒すには
それだけで十分に事足りるだろう
そしてときおりに白鳥たちの鳴き声が竹壁の仕切りを超えて
極めて神聖に聴こえてくるだろう
この北の地の静寂の中ではどんな白鳥の鳴き声だって
トゥオネラの川から聞こえてくる
シベリウスの交響詩となってくれるだろう
俺はあした温泉に行くだろう
俺はあした地球そのものを買いに
最後に牛乳瓶に入った一本のフルーツ牛乳を
グイッと生命の水を飲み干すように
ああ 俺はあした温泉に行くだろう



自由詩 湯の星より Copyright 本田憲嵩 2023-01-05 02:24:32
notebook Home 戻る