月が壊れる日
岡部淳太郎

月が壊れる日
地には数えられる狂気が降り注ぎ
人々はただ逃げ惑う
自らの正気を最後まで信じて
世界と自らのなかにある狂気から
目をそらそうとする

月が壊れる日
女の血は平穏となり
人は狼になどなることもなく
波はひたすら穏やかとなる
映すべき光を失った鏡は
その場で何の変哲もないものとなる

月が壊れる日
宇宙の観念と思惟は平板となり
人々はその重さの六分の一を失う
地球は愛すべき妹を失い
危うい平衡は転げ落ちて
ひたすら洪水のように泣くばかり

月が壊れる日
その空間に占めていた
不似合いなほどの大きさに人々はとまどい
あとには月を源としていた狂気が
その抒情だけが漂うが
人々はもはやそこから新しい歌を連れ出すことも出来ない



(二〇二二年十二月)


自由詩 月が壊れる日 Copyright 岡部淳太郎 2023-01-02 02:23:22
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