月が壊れる日
岡部淳太郎
月が壊れる日
地には数えられる狂気が降り注ぎ
人々はただ逃げ惑う
自らの正気を最後まで信じて
世界と自らのなかにある狂気から
目をそらそうとする
月が壊れる日
女の血は平穏となり
人は狼になどなることもなく
波はひたすら穏やかとなる
映すべき光を失った鏡は
その場で何の変哲もないものとなる
月が壊れる日
宇宙の観念と思惟は平板となり
人々はその重さの六分の一を失う
地球は愛すべき妹を失い
危うい平衡は転げ落ちて
ひたすら洪水のように泣くばかり
月が壊れる日
その空間に占めていた
不似合いなほどの大きさに人々はとまどい
あとには月を源としていた狂気が
その抒情だけが漂うが
人々はもはやそこから新しい歌を連れ出すことも出来ない
(二〇二二年十二月)