自由形のパレード
ホロウ・シカエルボク


サーカスが過ぎ去った後で、俺の網膜に刻まれた鮮やかな灯りの記憶、操り人形の、唯一糸のいうことをきかない、閉じて固まった指先の―指し示す空虚、薄れてゆく黄昏の中に目まぐるしいばかりの、消化出来ない過去が絡み合っていた、俺はイヤホンのコードを解きながら、アトランティスの壁に眠る落書きの夢を見ていたんだ、きっとそうさ…夜は陰鬱な詩ばかりを連れて来る、俺はそいつらをブランケットのように身に纏って移り行く現実を見ている、確かなものだけがリアルなら、こんな時間のすべては夢だとでも?デジタル時計は時を刻まない、だから嘘をついているような気がする、生身の身体はいつだって、僅かな振動や変化によって現実を飲み込んでいく、時計が時刻を知るためだけのものなら…時刻を知るためだけのものなら、誰もそいつを凝視したりなんかしないだろう、その先に在るものを、向こう側に在るものを、誰もが本当は知りたいと望んでいるのさ、システムを破壊する真実はすべて、おいそれとは開かない扉の中に隠される、嘘をつき過ぎた唇は乾いてひび割れている筈さ、汎用型の言葉を飲み込んだところで俺の胃は溶かしもしない、そのまま糞に交じって排出されるだけさ…サーカスが居なくなったきり、しばらく空地だったあの場所が胸に焼き付いて離れない、まるでそれは誰かの墓場みたいに見えたよ、目を閉じてずっと佇んでいたんだ、ここに居たものたちはみんなどこに行ってしまった、ひとつ所で眺める誰かの移動はただの不在だ、聞こえなくなった賑やかなパレードはそんなことを教えてくれた、だけどそうさ―そいつが居なくなってしまうことが、みんな本当は堪らなく好きなんだ、スニーカーの爪先で地面を少し掘ると、薄汚れた紙吹雪が浮浪者のように眠っていた、みんなどこかへ行ってしまって、置手紙のような紙屑だけがずっとそこに在ったんだ、あの場所はどこへ行ってしまった、いまでもきっとそこに在るはずだった、でもそいつはいつのまにか新しい街の中で隠れてしまった、もう二度と見つからないと知った時、俺は自分がそれまでとは違う人間になったみたいなそんな気がした、パレードの中を、パレードの行列の中を、冗談半分の夢たちが群れを成して歩いていた、あの先頭に居て、そいつらを操っていたのはいったい誰だったんだ、それはきっと神様ではなかった、そんな列にだってきっとしきたりはあるんだ、闇に浸食されたブランケットは海のように俺を飲み込もうとする、だから俺はそいつを剥ぎ取ろうとするけれど、いつからか皮膚のようになってしまっていた、はるか頭上で空中ブランコから誰かが飛ぶ、反対側のブランコで膝をひっかけてぶら下がった別の誰かが、そいつの手首をしっかりと掴む、ねえ君、と俺は宿命的な地面に立ってそいつらに話しかける、ねえ君、君も死ぬのは怖いのかい、ああ、とブランコの男は無表情にそう答える、確かに俺はそのことを恐れているけれど、でもそんなことは大した問題ではないのさ、だってもしかしたら、そう―俺がこんな風になにも無い宙を舞う時、瞬間的に死んでいるのだと思うことがある、でもそれは肉体的な問題ではなく、たぶん精神的な部分によるものさ…俺の言ってることわかるかな、勇敢になればなるほど、臆病は増えていくとしたものなのさ、物理的にあらゆる束縛から僅かでも逃れる瞬間、それは観念的に言えば死とさほど違いの無いものだとは思えないかね…?わからない、と俺は答える、空中ブランコの男は楽しそうに微笑んで、空間を移動したみたいに居なくなる、あとには途轍もなく高い、薄曇りの空だけが残された、物理的にあらゆる束縛から僅かでも逃れる瞬間、そんな瞬間を思うことは無理な気がした、そもそもあまり意味のあるものに思えないような気さえした、にもかかわらず、その言葉は指に刺さった木くずみたいにしばらくの間俺の感情を刺激し続けた、もしかしたらいつか、そんな感覚を理解出来るときが来るのかもしれない、俺はブランケットからようやく脱出する、思考が渦を巻く夜に大人しく眠ることなど到底不可能なのだ、薬物中毒者のように部屋を飛び出して外を歩いた、あの時と同じように高く、遠く、果てしない空はそこに在った、ああ、変わらないのだ、俺は安堵した、そうしたら欠伸が出た、つくづく俺はまともじゃない、夜はまだ続くだろう、彷徨いもまだしばらくは終わらない、こんな夜だからただいつもよりもくっきりと見えているだけのことなのさ、俺はふらふらと、暗い方へ暗い方へと歩き出す、いつもそうだ、俺を突き動かすのはそんな、漠然としたわけのわからないイメージみたいなものなのさ…。



自由詩 自由形のパレード Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-12-18 15:09:27
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