ジャミラ(ウルトラマン)
角田寿星

                    
ジャミラの故郷は地球
のフランスはパリから汽車で三時間
五十歳にして
日々の生活に老け込んでしまった母と
婚礼を間近にひかえた ひとりきりの妹
湖畔の貧しい村にひっそりと住んで
宇宙開発の事故に遭ったジャミラの墓も
そこにあった

水も空気もない星で
身長50メートル 体重1万トン
怪獣の躯体にまでなって
繋いだ生命
ジャミラは見えない円盤に躯体を折り畳んで
人類への復讐に執念を燃やした
りはしなかった

実年齢よりも年老いた母は
涙に曇った眼で両手を差しだし
ジャミラの人差指を頬に寄せた
妹は もうすぐ着ることになる
花嫁衣装を両肩にあてがい
兄さんと おなじ色の服よ
見開いた眼のままで微笑んだ
ジャミラは みぎゃあと ひとこと
なつかしい湖に霞む冷気が
生命にかかわるほどつらくなり
ウルトラマンとの闘いに
臨んでいった


すべては
リアルなファンタジーなのさ
イデ隊員が吐き捨てる
ふざけんな


本当のことを話そう。科学特捜隊パリ本部のエリート ジャミラは
ドライブ航法チーフエンジニアの父と宇宙物理学教授の母の間に産まれた。
夫婦仲は冷え切っていた わけではなかったが彼らは地球の未来に
専らの情熱を注いだ。ボイジャーでさえ 太陽系を離脱せんとする間際
振りかえって
地球を見つめたというのに。
ジャミラが科特隊の宇宙飛空士となったのは自明の理であろう。
未来に与みして両親を振りかえらせたジャミラは宇宙開発の事故で
頭部と肩がくっついて頸が失くなり
振りかえらない/かえれない 躯体になった。

「科特隊には戻りませんでした
 実験体にされるのは
 水を見るより明らかだった
 年間平均気温50℃
 メタンガスが沸きこぼれる海
 温暖化した地球に適応しうる新人類
 わたしの躯体が地球の未来に寄与するだろうことも
「でも科特隊はわたしを見捨てたんです。
 許せなかった
 なにが平和だ 未来だ と
 地球は
 美しい惑星でした…


今度こそ
ほんとうの話をしよう
ジャミラは怪獣だった
一瞬の風が
ジャミラの耳を貫いたとしても
それはウルトラマンが決めた
ことだから

ウルトラマンの必殺技
ウルトラ水流になす術もなく
純白の躯体を泥と水によごして
のた打ちまわりながら
ジャミラは絶命した
苦悶に歪むジャミラの断末魔を
カメラは執拗に撮りつづけた
苦しみに苦しみ抜いて
死んでいったもの
それが ジャミラ


ジャミラはY市の外人墓地に眠っている
丘の斜面を振りかえれば
みなとみらいの国際会議場がよく視えた
世界平和会議で何が話し合われ
何を決議したのか
誰も知らないし
覚えてや しなかった

掻き散らされた棄てられた人びとの
怨嗟の声も復讐の心も
ほんとうの姿を
誰が語るだろうか
なにも言わず抱きしめることができたならば
なにも言えないくらいに
ずっと見つめ続けて
来たのならば


自由詩 ジャミラ(ウルトラマン) Copyright 角田寿星 2022-12-18 10:36:17
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
怪獣詩集