漂着せずに深海へ
ただのみきや

相互喪失

懐中時計のなかで時間は眠っている
ただ機械の心音だけが
時不在のまま静かに続く
蓋が開いたらいつも「今」
観察者の視線など気にはせず
ひたすらに死の距離をこまめに削る

秒針はいまひと刻みを越えられずにいた
震えていた
抗うこころはもはやなく
戸惑いながらも甘んじて
身を任せることに慣れ切った
そんな矢先のことだった

背中に圧力を感じながら次々と
時の細波に追い越されてゆく
不安は空回る
距離を刻み続けては来たが
今がどの辺かは解っていなかった
――――辿り着いたのか

圧力を感じられなくなったころ
震えも止まっていた
何時 何分 何秒?
そんなものはみな方便
時ははじめから時計と無関係だ
観察者が蓋をあけるまで

時刻の磔刑を閉じ込めたまま
死生が反転した貝のように
沈黙だけが潮騒
忘却だけがレクイエム
日常の流れの底に沈んだ遺失物は
見つけられることを待ってはいない





青い眩暈

月曜日には耳孔や涙腺から青インクが滲んでくる
わたしは脳を鏡に映して出所を探していた
夜半球に脈打つ夜光虫の帯が見える
干しぶどうの雨が屋根を鳴らす夜に
ひとつの声が真水に溺れながら素数を混ぜ返している
時計ではなく時間の方が相手を見失い
名付けと客観の喪失によって
なにものでもないものへと還元されていた

いつも手首の細いこどもたちだった
テロリズムを妊娠するのは男子も女子も
スマホの中でたましいは架空の処女膜だった
情報の搾りかすから鉄工所で削られたばかりの
熱い金属片の輝きを持つ虫たちが湧いてくる
鈍い発音の捻じれた転がりが衝突を起こし
ことばは表象へと変異する
青く細い血管でつめたい愛をやり取りするのはいつも

カルトは日陰のゆりかご自己否定と自己肯定の
二重螺旋で緊縛して人間を一本のロウソクにする
教理的正義のマゾヒストと変異した彼らは幸福の
主観と客観あるいは絶対と相対について
早口のチャンバラや決闘では無垢な被害者の
苦痛と快楽を含んだ微笑みを絶やさずに
神や教祖のロケットで現実世界から離れた天体の軌道
ラジオいじりに明け暮れる聖なる幼児体験の最中
短くなって消えてゆく闇を照らさないロウソク

議員が問われるのは目的と手段の堂々巡り
国会が問うのはいつも配分と優先について
国政に問われているのは原理と現実どちらに則するか
国民が問われるのは損か得か好きか嫌いか
りっぱな政治参加型国民に問われているのは
どちらが社会正義か否かすでに心に定まった二元論
政治不参加非国民に問われているものはなにもない
上澄みの騒めきより底深い泥濘に傾聴する

季節を巻きつけて女神を装ったミセス・バビロンが
幻の金の鈴を裳裾から溢れるように零しながら
年末の大通りを渡って頭の中へと近づいて来る
どこでどれだけ血が流れてもニュースにならなければ
平気の平左なのに今は血の一滴が惜しくて仕方がない
擦り減った眼差しの消しゴムが最後に消したもの
あれは鏡像ではなかったか万華鏡の中へ閉じ込めた蝶
すべての糸が絶たれた後に青いインクが歩き出す

月曜日を人型の栞にして死んだ友の日記に挟む
静かに埋葬された青い曼殊沙華
目的もなく猫の瞳で揺れて燃える魚のように
胸の奥深く行き来するものが記号であるわけもなく
矛盾を主食としながら原理原則に憧れる
鳩のような死を鞄に隠したまま出かけてゆく
行く当てはあっても目的と言うには賽の河原に似て
地から眼差しで斬り上げる空は眩暈を零すばかり



                   《2022年12月3日》








自由詩 漂着せずに深海へ Copyright ただのみきや 2022-12-03 15:36:14
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