祖母と単線
ちぇりこ。

石化した待合室で蝗が飛ぶのを見た
複眼で分割されたぼくが
次々と風化されてゆく
風の中に散る秋の花があって
単線の枕木は草草に食べられている
薄暮という暗さの中で
祖母の大きな輪郭を覚えている
平熱の夕暮れの中で
あどけない夕陽に浸された
はちみつ色のぼくの髪を撫でながら
目ん玉に入れても痛くないと言う
ぼくは祖母の目ん玉の中で
ホームに停車するディーゼルを
ぐるぐる見ていた
海岸沿いの緩やかに湾曲した単線の
とたん。ととん。の軽微な律動に
ぼく達はしばし海藻になる
岩盤に着床する昆布の揺れる
海底の眠りの中で
少ない乗客達の口からは気泡が漏れ出し
漂いながら昇ってゆき
客車内は海の言語で満ちてゆく
車窓に貼り付いたぼくの目ん玉は
海底とディーゼル機関をぐるぐると往復する
突然岩陰からのっそり現れた
オニオコゼのような車掌さんが
泥砂を巻き上げながら通過する
怯えたぼくは祖母の目ん玉の裏に隠れる
祖母は目ん玉の中からぼくを取り出して
手のひらに乗せて
どうってことない歌をうたう
どうってことない視力を取り戻した
小魚の目ん玉は
どうってことない海流に乗って
知らない岸へと運ばれてゆくのだろう
単線の終着は決まっていたとしても
祖母の手の中でぼくの目ん玉は
転がされて転がって
目まぐるしく変わる車窓の景色も
次々と置き去りにされてゆく
晩秋のプラットホームで俯いた人の
横顔みたいな木守りの
柿の実ひとつ
手の中で転がせない
廃線になった単線の向こう側で
ゆっくり振り向く祖母の目ん玉は
古い写真の中で
光を映さずに微笑んでいる


自由詩 祖母と単線 Copyright ちぇりこ。 2022-12-01 14:37:02
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