小詩集・波
岡部淳太郎

波 1

寄せてくる
返ってゆく

そのはざまにすべてがあって
あるいは
そこに何も見つけられなくて

寄せてくる
返ってゆく

その現象だけが
いちまいの絵のように
無言で眺められていて



波 2

ここにあり
あそこにもある
やがて洗われる足下にも
海の向こうで
心臓の鼓動のようにその律動の
みなもとにもある

また ここにはなく
そこにもない
離れたあらゆる場所に
同時にあって
またないもの

ありながら
ない という
その不可思議さのなかにこそあるもの



波 3

どうにか届こうと
あの丘のうえに立つ一本の木の
根元にまで届きたいという一心で
波はその指先を延ばす

だが 届かない
海の一部である波は
あんな高い地の奥深くまで
届くはずもない

そして波は知っているのだ
自らの指先があの木まで届くのは
それは大きな天変地異の時
人々がそれによって
悲しんでしまう時だということを

だから波は
届きたいと願いながらも
その思いを海の底に封じて
いつも通りの
穏やかな波のふりをするのだ



波 4

いったいこれまでにどれだけの量のおまえたちを
さらっていったのか
砂よ
この地にありながら
さらさらと
頼りないものよ
おまえたちをさらって
海の水に溶かして
海の底の
無意識の夢のようなところまで連れてきたのは
それを日々飽きもせず繰り返してきたのは
まぎれもない私だった
この地の一部を少しずつ
こそげ落とすように
削り取ってきたその行為は
私のためでもなければ
ましてや砂よ
おまえたちのためでもなかった
それはただの自然の摂理
私が波であり
おまえたちがその頼りなさゆえにさらわれやすい
砂であるからというに過ぎない
こうしておまえたちをさらって削り取ることで
一つの小さな国土が縮小してゆくが
それは私の知ったことではない
人はなおも私がさらった上から
新たな砂を付け足して恥じようとしないが
それがどうしたというのだろう
私は一億の昔からそうしてきたように
人の手が加わったこれらの砂も
変わらずに日々さらって
削り取ってゆくだけだ



波 5

私はとおい

どこか誰も知らない海で
誰も訪れたことのない渚に
海の水を届けるだけの存在
それが私

この世の果てのようなそんな場所で
私は寄せていっては
返ってゆくだけであり
私のことを知る人など一人もいないのと同じく
私は人々の織り成すこの世の出来事のことなど
まるで知らない

それは とおいとおい場所の出来事

私はとおい
ただとおいだけの波
浅い眠りのなかで
人々は私の声を聞いた
どこか引きずり
啜り泣くような
私の 歌のような声を



波 6

寄せてくる
返ってゆく

その性質のなかで波は
すべてでありながら
なにものでもなかった
その虚しさとともに波はただ

寄せてゆき
返ってゆく

それだけを飽きもせず
繰り返してきたのだった
時にそれは大きな怒りのような高まりとなって
人の家や暮らしを また
人そのものを
飲みこむこともあったが
次の朝には何事もなかったように
また穏やかな顔をしているのだった

寄せてくる
返ってゆく

その律動のなかに
すべてのいのちも
いのちでないものもあって
それらはすべて波とともに
その塩の味とともに
あるだけなのだった




(二〇二二年十一月)


自由詩 小詩集・波 Copyright 岡部淳太郎 2022-11-27 00:00:15
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