詩の日めくり 二〇二二年七月一日─三十一日
田中宏輔

二〇二二年七月一日 「バスカヴィル家の宇宙犬」


 海外SF傑作選『クレージー・ユーモア』5作目は、ポール・アンダースン&ゴードン・R・ディクスンの「バスカヴィル家の宇宙犬」地球人の真似をするのが習性になっている子熊型の宇宙人ホーカ人がシャーロック・ホームズ役になって、麻薬密売人の宇宙人を捕まえる物語。これは、短編連作集『地球人のお荷物』にも入っている作品だった。


二〇二二年七月二日 「時は金」


 6作目は、マック・レナルズの「時は金」1300年にやってきた時間旅行者は金融会社に年に1割の複利で金を預けた。100年後にやってくると言い残して。それで20世紀に渡るまで、その契約は継続された。じつは時間旅行者は物理学者でタイムマシンを起動するための資金を調達していたのだった。この作品は、ジョディス・メリルの『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』上巻、角川文庫の『きょうも上天気」に入っていて読んでいたものだった。


二〇二二年七月三日 「旅する男」


 7作目は、ヘンリイ・スレッサーの「旅する男」未来人がタイムマシンに乗って、奇術品を扱う商会にやってきて1000ドル相当の奇術品を買った。お金の代わりに、思ったところにどこにでも行けるメダルを受け取った。そこから冒険が始まる。でも、さいごにはそのメダルを手放さなければならなかった。

あしたは月に一度の高木精神科医院に。


二〇二二年七月四日 「怪獣の時代」


 8作目は、ガイ・エンドアの「怪獣の時代」生物学者がワニの心臓手術をすると、ワニは先祖がえりをして龍になった。ワニを愛する生物学者はつぎつぎに手術する。大きくなった龍は人間を襲い、街を襲った。人類も反撃するが圧倒的に龍が強かった。世界から人類が少なくなっていった。という話。


二〇二二年七月五日 「グレート・デーンになった男」


 9作目は、ミリアム・アレン・ドフォードの「グレート・デーンになった男」作家が朝、目が覚めたら犬のグレート・デーンになっていた。もとは作家なので、口をきく犬は妻に口述筆記させていた。いなかに家を借りて住んでいたが、妻も犬になってしまったようだ。


二〇二二年七月六日 「四次元ループ」


 10作目は、ジョン・D・マクドナルドの「四次元ループ」ある殺人事件が起こって、その犯人とされる青年がいた。しかし、青年は殺してはいなかった。異次元から出てきた物体によって殺されたのである。それを未来人の女性が裁判で明らかにするという物語であった。この物語におもしろさはなかった。


二〇二二年七月七日 「不景気」


 11作目は、ロバート・シェクリーの「不景気」景気の悪い仕立て屋に奇妙な客が現われて、奇妙な服の仕立てを頼んだ。それは仕立て屋が夜の悪夢で見た女性たちの異形の姿であったのだった。短いが、わかりやすい好感の持てる物語だった。さすがは、シェクリー。

 さいごの12作目は、エリック・フランク・ラッセルの「衝動」ウイルス状の宇宙人が人間の死体を奪って、医師のところへきた。生きた人間の身体を奪うためだった。読唇術をも持つウイルス状の異星人は医師のこころを読んだ。下男が入ってきた。拳銃を見ると衝動的に死体を殴った。危機一髪で助かった。

 きょうから寝るまえの読書は、講談社文庫から出た海外SF傑作選の1冊、『華麗なる幻想』だ。全9作中、4篇が既読だ。ウェルズの「新加速剤」、ヴェルヌの「二八八九年」、D・H・ケラーの「歩行者族の反乱」、ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」の4篇だ。それらも合わせて読んでいこう。 https://pic.twitter.com/YqZxmkA1TN

 既読の4篇はどれもみな、『世界SF全集』の第31巻・世界のSF・古典篇に入っていたもので、物語自体を記憶しているのは、ヴェルヌ以外の3作だ。どれもおもしろかった。とりわけ、ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」はおもしろかった。さてさて、『華麗なる幻想』の冒頭はウェルズの作品だ。


二〇二二年七月八日 「新加速剤」


 1作目は、H・G・ウェルズの「新加速剤」運動神経も脳の働きも何千倍のものになる薬が発明された。博士の名前を入れた「ジベルヌ神経加速剤」は性能を3種に分けて発売することにした。二百倍、九百倍、千二百倍の3種だ。


二〇二二年七月九日 「二八八九年」


 2作目は、ジュール・ヴェルヌの「二八八九年」二八八九年の新聞社の社長の一日を追ったリポートだった。テレビ電話や高速計算機など21世紀の現代において実現している物が予測されていた。しかし、新聞社の社長が国を支配するまでの権力者であるとしたところに、ヴェルヌの限界があったと言えよう。


二〇二二年七月十日 「生命の木」


 3作目は、C・L・ムーアの「生命の木」火星でパトロール中の宇宙艇に追われていた主人公が、廃墟のなかの井戸の模様の世界に入り込んで、生命の木と言われる化け物と対峙して、ぎりぎりのところでやっつけるという単純極まりない物語。やっつけた後はもとの世界に戻っていた。

 4作目は、D・H・ケラーの「歩行者族の反乱」人類は自動車族と歩行者族に分かれていた。歩行者族は少数派だった。ほとんどいなかったと言ってもよかった。二億人対二百人だった。何世紀にも渡る自動車の使用で自動車族は下半身がなくなっていた。数百年後、立場が逆転して自動車族が珍しくなった。こういうわけである。自動車族が多かったとき、自動車族の人間は歩行者族の人間を轢き殺してもよかった。法律でそうなっていたのだ。アメリカの法律は自動車族のためにあった。歩行者族は滅んだかに見えたが五体満足な先祖返りの女の子が生まれた。彼女は旅をする。五体満足な男と出合う。電気に依存している自動車族をやっつけるために、青年は電気を止めることにした。それで自動車族は動けなくなってほとんど滅んでしまったのであった。

 投票に行ってきた。個人名は、共産党のたけやまさいこさんに。比例は共産党に。ぼくはバリバリの共産主義者なのだ。

 予備校に勤めていたころのことだ。ぼくがオウプンリーにゲイであることをカミングアウトしていることを知った教員から嫌がらせを受けるようになった。そこから睡眠障害を患って今日に至るのである。心的障害がいかに持続性のあるものか、自分でも想像もしていなかった。嫌がらせは、高校でも続いた。

 きょうは、夕方から日知庵に行く予定だけど、それまで暇だからウルトラQのDVDでも見ようかな。ひさしぶりだ。ウルトラQは、いまでもぼくのマストだ。なにを見るかな。読書は夜に、夜中にするつもりだ。

 詩で読んだなかで、もっともすぐれていたのは、ジェイムズ・メリルだと思うけれど、日本の小学校の一年生が書いた詩にもいいものがあって、感動したものに、『一年一組 せんせい、あのね』がある。

https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%80%E5%B9%B4%E4%B8%80%E7%B5%84%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%9B%E3%81%84%E3%81%82%E3%81%AE%E3%81%AD%E2%80%95%E8%A9%A9%E3%81%A8%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%B4%9A%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88-%E9%B9%BF%E5%B3%B6-%E5%92%8C%E5%A4%AB/dp/4652039077

 D・H・ケラーの「歩行者族の反乱」のなかに、つぎのようなすてきな言葉があった。「夢が本当になることってあるの?」(D・H・ケラー『歩行者族の反乱』矢野 徹訳、124ページ・16行目)


二〇二二年七月十一日 「影と閃光」


 5作目は、ジャック・ロンドンの「影と閃光」二人の青年がいて学生時代からライバル同士だった。一人は黒体になることによって透明になるといい、もう一人は全反射によって透明になるといって、化学者になってまで争っていた。二人は対決し、ともに死んだ。記述は二人の共通の友人によるものだった。

 6作目は、アーサー・コナン・ドイルの「ロス・アミゴスの大失策」死刑囚にロス・アミゴスの都市でつくれるかぎりの電流を流したところ、死刑囚は死なない身体になった。縛り首にしても弾丸で撃っても死なない身体になったのであった。これ、読んだ記憶があるのだけれど、なにで読んだのかわからない。調べたら、これも『世界SF全集』の第31巻・世界のSF・古典篇に収められていて、それで読んだものであったのだ。ポーの「メルシュトレームの大渦」も読んでいたものだったので、この短篇集、既読のものが全9作品中、6篇だったことになる。まあ、傑作ばかりだから再読も苦にならなかったけれど。


二〇二二年七月十二日 「フェッセンデンの宇宙」


 7作目は、エドモンド・ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」これは奇想コレクションの1冊『フェッセンデンの宇宙』に収められた同タイトルのものと版が違っていて、1950年度版である。奇想コレクションのものは、1937年度版である。銀背の『フェッセンデンの宇宙』は1950年度版である。また、『世界SF全集』の第31巻・世界のSF・古典篇に収められた「フェッセンデンの宇宙」も1950年度版である。違いはあまりない。どちらも、自宅の研究所に小宇宙をつくっていて、いろいろと実験をしていたというもので、さいごは事故で、フェッセンデン博士は焼け死んでしまう。記述者はフェッセンデン博士の友人の天文学者で、フェッセンデンが小宇宙に干渉して、その小宇宙の人類を滅ぼしてしまったりすることに疑問を持ち、フェッセンデンに忠告するが、フェッセンデンは聴く耳も持たず実験を続ける。そして、フェッセンデンは事故で自分の命を失う羽目になったのである。


二〇二二年七月十三日 「RUR ロッサム万能ロボット会社」


 8作目は、カレル・チャペックの「RUR ロッサム万能ロボット会社」まだ途中だけれど、こんな言葉があった。「この世にはなんと多くの美しいものがあることか!」(カレル・チャペック『RUR ロッサム万能ロボット会社』深町真理子訳、293ページ・8行目)つづきを読んでいこう。

 さいごまで読んだ。ロッサム万能ロボット会社でつくったロボットで、人類は戦争をした。のちに知能を持った自立したロボットを会社はつくった。それらがロボットたちを先導して人類に反旗を翻した。人類は滅んだ。特別につくられた二体のロボットがいた。新しいアダムとイヴになるために。長めの短篇。戯曲形式の作品だった。本文213ページから326ページまであった。本篇がいちばん長かった。考えさせられる作品だった。人間の欲望の深さについて。

 さいごの9作目は、エドガー・A・ポーの「メルシュトレームの大渦」漁場としては危険極まりないのだが、凪のときは大漁になるところがあった。それがメルシュトレームの大渦と呼ばれるところだった。3人兄弟がそこで漁をしているときに大渦に遭って2人が死に、1人が生き残った。話は彼によるもの。

 きょうから寝るまえの読書は、海外SF傑作選のさいごの1冊『ファンタジーへの誘い』1年ほどまえに再読したと思うのだけれど、収録されている13作中、記憶しているのは5作だけだった。オールディスの「不可視配給株式会社」と、テヴィスの「ふるさと遠く」と、テンの「13階」と、ビグスビィの「きょうも上天気」と、フィニィの「ゲイルズバーグの春を愛す」の5篇。忘却力のすさまじさに自分でも驚く。 https://pic.twitter.com/vTweR08E6A

 ラファティの「みにくい海」はタイトルだけ憶えていたが、内容は忘れてしまった。なんにしても齢をとったものだな。若いときには、どのような文章が、どの本のどのくらいのページの右だったか上段後半だったかとか、どの場所に載っているかということまで記憶していたものだったのだが。じじいだ。

 この『ファンタジーへの誘い』は、講談社文庫の海外SF傑作選全9巻のさいごの巻だけれど、編者もこの巻だけ違っていて、伊藤典夫さんが編まれたものだった。第1巻から第8巻までは、福島正実さんが編集なさったものだった。全9巻中、この巻がいちばん好きだ。とくにオールディスとテヴィスが好き。


二〇二二年七月十四日 「死神よ来たれ」


 1作目は、ピーター・S・ビーグルの「死神よ来たれ」死神を舞踏会に招待した伯爵夫人がいた。踊りが終わって、帰ろうとする死神をみなは引き留める。詩人のつぎの言葉が印象的だ。「「われわれは盲目なのです」とロリモンドはいい「ことに詩に関しては」と付け加えた。」(ピーター・S・ビーグル『死神よ来たれ』伊藤典夫訳、28ページ・20行目) 死神は代価を求めた。自分の代わりに、新しく死神になる者が必要だと。つぎつぎと名指すが却下する。詩人には、「人生についてあまりにも知ることが少ないから、それに、わたしは彼が好きだから」と言った。さいごに主催者の伯爵夫人を名指して、「どうやら、あなただけのようですね。わたしはあなたを選びます、ネヴィル夫人」と言った。理由は、「人間でいることに、あなたほど飽いたものもいなければ、生きていることの空しさを、あなたほど知りつくしたものもおりません。」などと言う。ネヴィル夫人は、約束し、死神の頬に口づけをする。正確に引用するならば、「「約束します」夫人はそういうと、若き死の女神のやわらかな、甘いかおりのする頬に口づけするため、ひからびた唇をすぼめた。」(ピーター・S・ビーグル『死神よ来たれ』伊藤典夫訳、33ページ・12、13行目)

 よくできた寓話だと思う。死神が若い美人であることなど予想もしていなかったし、さいごに伯爵夫人と役柄を入れ替わるというのも意想外で、おもしろかった。さいごに、美しい若い娘姿の死神と、老婆である伯爵夫人が接吻を交わしたのも、それが死神になる決まりで、美しい若い娘姿の死神も以前にそうやって死神になったからである。

 ハイブ状の共同住宅で暮らしてる夢だ。ケンコバ似のぜんぜん知らないひとが父親だった。ぼくはやさしい父親の隣で寝てた。妹がいつまでも寝ずに人形遊びをしていた。ぼくはあした大学の授業があるのにいっこうに眠れない。そのうち人形が勝手に動き始めた。そこで目が覚めた。ここちよい夢だった。

 二度寝の夢は、大学時代の友人たちとダイビングしていた夢だった。特殊なカメラで、自分たちが遊泳している姿を撮影していた。徳寺という友だちがいて、彼が中心に遊んでいた。友だちのなかでもっとも好きな友だちだった。


二〇二二年七月十五日 「不可視配給株式会社」


 2作目は、ブライアン・W・オールディスの「不可視配給株式会社」ちょっとしたきっかけで、塩壺と胡椒壺をテーブルのうえから動かさないという賭けを主人公は男とした。主人公が死ぬまで66年間、二つの壺は動かされなかったかなという記述のあとで、じつは妻が毎日動かしていたということがわかる。SFテイストはまったくなく、またファンタジー要素もまったくない作品だけれど、ぼくはオールディスのこの作品が、この短篇傑作選『ファンタジーへの誘い』のなかで、いちばん好きだ。イギリス的なユーモアのある作品だと思っている。傑作だと思っている。

 Amazon で、SF短篇アンソロジー『異邦からの眺め』を買った。本体220円+送料257円だった。すべての古本がこれくらいだったら、いいのになあ。

https://www.amazon.co.jp/dp/B000J7WOZS?psc=1&smid=AA5YA188M9J1J&ref_=chk_typ_imgToDp


二〇二二年七月十六日 「古書」


 ぼくは Amazon で、本体価格2500円で買ったけれど、いま、10000円を超えている、『世界SF全集』第31巻・世界のSF・短篇集・古典篇。

https://www.amazon.co.jp/-/en/dp/B000J98C02/ref=pd_sbs_sccl_2_1/357-6155300-0930001?pd_rd_w=nVt7L&content-id=amzn1.sym.7ee6fb34-dad9-4643-b21d-aeaa6bf884aa&pf_rd_p=7ee6fb34-dad9-4643-b21d-aeaa6bf884aa&pf_rd_r=3XHCK7783FBR8ENYQXAD&pd_rd_wg=c15tj&pd_rd_r=aa5542b8-d796-4027-a013-2c2663742644&pd_rd_i=B000J98C02&psc=1

現代篇は、Amazon でも日本の古書店でも、どこでも買えない。

https://www.amazon.co.jp/-/en/dp/B000J94AWG/ref=sr_1_3?crid=2QTTSLWZ8J1BI&keywords=%E4%B8%96%E7%95%8Csf%E5%85%A8%E9%9B%86&qid=1657903509&s=books&sprefix=%E4%B8%96%E7%95%8CS%2Cstripbooks%2C330&sr=1-3

 第33巻のソ連東欧篇にいたっては、30000円を超えている。ぼくはいくらで買ったか記憶していないのだけれど、5000円は超えていないと思う。

https://www.amazon.co.jp/-/en/%E5%B7%9D%E5%90%88-%E4%BA%AC%E5%AD%90/dp/B00DBECED8/ref=sr_1_4?crid=2O8VY6F8YULJ2&keywords=%E4%B8%96%E7%95%8CSF%E5%85%A8%E9%9B%86%E3%80%88%E7%AC%AC33%E5%B7%BB%E3%80%89&qid=1657903969&s=books&sprefix=%E4%B8%96%E7%95%8Csf%E5%85%A8%E9%9B%86+%E7%AC%AC33%E5%B7%BB+%2Cstripbooks%2C334&sr=1-4

 河出文庫の画期的なSF短篇傑作選のシリーズ、『20世紀SF』の第1巻・1940年代は amazon でいくらするのか見たら、330円だった。

https://www.amazon.co.jp/20%E4%B8%96%E7%B4%80SF%E3%80%881%E3%80%891940%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E2%80%95%E6%98%9F%E3%81%AD%E3%81%9A%E3%81%BF-%E6%B2%B3%E5%87%BA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%95/dp/4309462022/ref=sr_1_1?crid=3K83U9HILZ4QD&keywords=20%E4%B8%96%E7%B4%80sf&qid=1657904505&s=books&sprefix=%2Cstripbooks%2C3640&sr=1-1

第2巻の『20世紀SF』1950年代は、866円だった。

https://www.amazon.co.jp/20%E4%B8%96%E7%B4%80SF%E3%80%882%E3%80%891950%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E2%80%95%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%AE%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8A-%E6%B2%B3%E5%87%BA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%AC%E3%82%A4-%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%99%E3%83%AA/dp/4309462030/ref=sr_1_2?crid=3K83U9HILZ4QD&keywords=20%E4%B8%96%E7%B4%80sf&qid=1657904505&s=books&sprefix=%2Cstripbooks%2C3640&sr=1-2

第3巻の『20世紀SF』1960年代は、335円だった。

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第4巻の『20世紀SF』1970年代は、1686円だった。

https://www.amazon.co.jp/20%E4%B8%96%E7%B4%80SF%E3%80%884%E3%80%891970%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E2%80%95%E6%8E%A5%E7%B6%9A%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%A5%B3-%E6%B2%B3%E5%87%BA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2-%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC/dp/4309462057/ref=sr_1_3?crid=3K83U9HILZ4QD&keywords=20%E4%B8%96%E7%B4%80sf&qid=1657904505&s=books&sprefix=%2Cstripbooks%2C3640&sr=1-3

第5巻の『20世紀SF』1980年代は、1286円だった。

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第6巻の『20世紀SF』1990年代は、633円だった。

https://www.amazon.co.jp/20%E4%B8%96%E7%B4%80SF%E3%80%886%E3%80%891990%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E2%80%95%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E6%88%A6%E4%BA%89-%E6%B2%B3%E5%87%BA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B0-%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3/dp/4309462073/ref=sr_1_6?crid=3K83U9HILZ4QD&keywords=20%E4%B8%96%E7%B4%80sf&qid=1657904505&s=books&sprefix=%2Cstripbooks%2C3640&sr=1-6

『20世紀SF』を見るかぎり、値付けはバラバラだ。どの巻も、すぐれものだった。古書の価格は、ほんとうに、わからないものだ。ついこのあいだまで、100円くらいだったゼラズニイの『わが名はコンラッド』など、いま見たら1904円もしてた。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%8F%E3%81%8C%E5%90%8D%E3%81%AF%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%AB-SF-178-%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%BC%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%82%A4/dp/4150101787/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=NDKE1MJ7PL8N&keywords=%E3%82%8F%E3%81%8C%E5%90%8D%E3%81%AF%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89&qid=1657905798&s=books&sprefix=%E3%82%8F%E3%81%8C%E5%90%8D%E3%81%AF%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89%2Cstripbooks%2C389&sr=1-1


二〇二二年七月十七日  「大いなる旅」


 3作目は、フリッツ・ライバーの「大いなる旅」地球の廃墟となった都市をさまざまな異星人たちと並んで歩いている主人公。砂漠にまで行くと、宇宙服が置いてあった。異星人たちと手を取り合って宇宙へと旅する主人公。地球には四足獣に退化した地球人を残して。

授業中に他の科目の勉強をすること、なんて言ってたか忘れた。


二〇二二年七月十八日 「この卑しい地上に」


教えてもらった。「内職」でした。

 4作目は、フィリップ・k・ディックの「この卑しい地上に」恋人の彼女は異世界の白いものたちに異世界に連れていかれた。男は彼女を取り戻す努力をした。努力は実った。彼女をこちらの世界に取り戻した。しかし副作用で、こちらの世界の人間がみな彼女になってしまった。世界中の人間が彼女に。

 5作目は、ウォルター・テヴィスの「ふるさと遠く」わずか5ページの短篇であるが傑作である。6歳の少年が、紙袋のなかの化け物に願い事をした。アリゾナの砂漠のプールに鯨を出現させたのである。管理人のおじいさんは公園管理委員会のボスのところに行って戻ってきた。そのとき鯨は姿を消していた。


二〇二二年七月十九日 「十三階」


 6作目は、ウィリアム・テンの「十三階」あるはずのない十三階をフロアごと借りに来た客がいた。あるはずもないのに、彼らは十三階にエレベーターで行った。支配人が十三階に行こうとしても行けなかったが、契約の終わりの日に行けた。しかし、十三階はもはやなくなっていて、支配人は唖然とする。

 7作目は、チャールズ・ボーモントの「闇の旋律」性教育を授業ですることを拒んでいた生物学の高校の女性の先生がいた。彼女は、木立の闇のなかで音楽を聴き、それに惹かれてたびたび訪れた。そこで未知なるものに抱かれる。彼女は、毎夜、訪れるようになった。しばらくして先生は町から姿を消した。


二〇二二年七月二十日 「順応性」


 8作目は、キャロル・エムシュウィラーの「順応性」自分がふつうの人間とは異なる種族であると気がついた女性が、12歳の娘に、自分と同じ種族の男を見つけたら、その男のもとに行きなさいと述べる。自分は見つけたけれど、あなたのお父さまのもとから去ることはしないけれど、という。印象的な叙述。

 9作目は、マーガレット・セント・クレアの「街角の女神」主人公の青年は街角で女神と出合った。女神は神通力を失いかけていた。青年は女神を自分の部屋に連れてきた。高級ブランデーしか受け付けない女神。女神のために自分の血を売っても酒を買ってくる青年。さいごは女神は姿が透明になって消える。


二〇二二年七月二十一日 「異邦からの眺め」


 短篇傑作選『異邦からの眺め』が到着した。さすが本体220円のことはある。表紙の背のうえの部分が破れているし、本体はシミだらけ。まあ、読めればいいかで買った本だったし、しょうがないか。本体価格が1円の本でも、まっさらのようにきれいなこともあるしね。 https://pic.twitter.com/BZ3Y3CsQwt

 あさ目が覚めると、スタトレのドクター・マッコイが横に寝ていて、これからマクドに行くから来る? って聞くと、来るって言うから起きるの見てたら、食べ物や飲み物の食い散らかした跡があって、あんた夜中に部屋に来たの? って聞くと、そうと言う返事。酔っぱらって来たらしい、という夢を見た。


二〇二二年七月二十二日 「夢」


 2番目の弟にお金を盗まれる夢を見た。ぼくがカギのかからないような部屋に住んでいて(住んでいない)鍵をつぶして部屋に侵入して、ぼくのコレクションした本とか盗んで、財布からカードを盗んでお金を55万年だけ降ろしてたりした。警察を呼んでカードのことは処理して、というところで目が覚めた。

 ロジャー・ゼアズニイはぜんぶ読んだけど、いま本棚を見ると、2冊なかった。ヤフオクで買うことにした。

 ゼラズニイの『光の王』をヤフオクで、『われら顔を選ぶとき』を Amazon のネット古書店で、それぞれ送料込みで、450円台で買った。『光の王』は何度か読んでいて内容を憶えている。『われら顔を選ぶとき』は一度読んだが内容は憶えていない。どちらにせよ、どちらも一度は手放した本ではあるが。


二〇二二年七月二十三日 「みにくい海」


 10作目は、R・A・ラファティの「みにくい海」話者は海がみにくいと思っている。のちのち話者と同じ船に乗ることになっている青年の話だ。性悪女だけれどとびきりの美人に惚れて、何度か求婚して、さいごに結婚し、子どもまでもうけるが、旧友の蛇や猿や鳥と別れたくなくなり、妻を残して船に乗る。そして、伝説の通り、海の男が片端の女と結婚すると死んだ。女は、それはひどい扱い方で男を扱っていた。男と結婚するまで2人の男と結婚していたけれど、その男たちも海の男だから結婚して半年もすると海で死んだのだった。

 11作目は、アーシュラ・k・ル・グインの「名前の掟」100年もむかしのこと。島の財宝を奪った竜がいた。ひとりの魔法使いの青年がその財宝を受け継ぐ資格を持っていたのだが、竜と対決して敗れた。せっかく、竜のほんとうの名前も知っていて口にしたのだけれど、負けてしまったのである。その魔法使いと竜の決闘を見ていた島民のひとりの男は、びっくりして、以前から心を寄せていた女教師の家へいくと手を引っ張って、舟に乗って、島から逃げた。島には竜がいて、餌となる生娘を探そうとするところで終わった。「あなたたちが大人になってつけられる真(まこと)の名というのは、けっしてたずねてはいけないし、打ち明けてもいけないものなの」「真(まこと)の名前はすなわち物だからです。」(酒匂真理子訳)、「名こそが真実の存在なのです。名前を口にすることは、そのものを支配することなのです。」(酒匂真理子訳)という言葉があった。これが、タイトルの「名前の掟」に由来する考えなのだろう。ファンタジーを少しでも齧っていたら、みな知ってることなのだと思うけれど。この作品が元だとしたら、ル・グインすごいってことだな。

 12作目は、ジェローム・ビグスビィの「きょうも上天気」この作品は、文春文庫の『ミステリー・ゾーン4』に「日々是好日」のタイトルで載っているし、角川文庫から出てる『きょうも上天気』にも載っている。超能力を持った3歳の子どもが村人の生活を破壊してしまう恐怖を描いている。

 さいごの13作目は、ジャック・フィニィ「ゲイルズバーグの春を愛す」このタイトルの短篇集があり、そこでも読んだ。ゲイルズバーグの街が変貌していくのを望んでいないなにものかがあって、時折、むかしのゲイルズバーグの風景が出現したりするというもの。フィニィらしいノスタルジックな作品。


二〇二二年七月二十四日 「時のはざま」


 きょうから寝るまえの読書は、海外SFアンソロジー、ワールズ・ベスト1965『時のはざま』である。収録されている17作品中、読んだことのあるものは1作だけ。ディックの作品だけれど、内容は記憶していない。ウォルハイム&カーの編集。日本人が編集すると、けっこう作品が重なるけれど。
https://pic.twitter.com/KWYB8PHTMJ

 きのう、おとついにヤフオクで落札したゼラズニイの『光の王』が届いた。その速さに驚いたのだが、送料込みで450円くらいだったのだが、シミあり、ヤケあり、カヴァーの背に痛みありの本だった。まあ、カヴァーに期待する類の絵ではないのでいいけれど。読むのはいつかは未定。 https://pic.twitter.com/rACXHottti


二〇二二年七月二十五日 「グリーンブレース」


 1作目は、トム・バードムの「グリーンブレース」住民の意志を支配する方法を持っている議員が相手の戦いで、どうやらうまく負かした主人公。これはあまりSFっぽくもなく、おもしろいものでもなかった。こんなものを冒頭に持ってくるあたり、この短篇傑作選、あまり期待できないものかもしれない。

 2作目は、ベン・ボーヴァ&マイロン・R・ルイスの「善意の人」月面の合衆国側の基地が舞台。ソ連の月面基地と共存している理由を尋ねられて、じつは双方ともに爆撃を仕掛けているのだが、重大な被害は受けていないという返事。じつに奇妙な話だった。このアンソロジーはダメだと思わせられた。


二〇二二年七月二十六日 「配達料金」


 3作目は、クリストファー・アンヴィルの「配達料金」主人公は宇宙船の乗組員のひとり。彼が語る輸送物資の話。輸送物資とは、生きた鳥だったが、それが巨大で、とても扱いにくかったものだった。というだけの話。べつにSFにしなくてもよいような内容。読むのに苦痛を感じた。


二〇二二年七月二十七日 「高野 尭さんと、清水鱗造さん」


 Amazon のネット古書店で買ったゼラズニイの『われら顔を選ぶとき』が到着した。450円ほどだったので、多少のキズは仕方ないと思う。本文、いい色に日焼けしている。シミがないのがすばらしい。古書らしい古書だと思う。
https://pic.twitter.com/zXM0QwZf9v

 高野 尭さんから、詩集『マルコロード』を送っていただいた。個人的な事柄を入れないで詩を書くということについて考えさせられた。ぼくも個人的な事柄を入れないで書くことはあるけれど、この詩集では、徹頭徹尾、個人的な事柄が書き込まれていない。不思議なことなのだと思う。不思議な詩集。
https://pic.twitter.com/Ns4WnSzBFP

 清水鱗造さんから、小説『トラセミ・バッジ』を送っていただいた。清水さんの作品は、毎回、驚嘆の目で読ませていただいている。きょう寝るまえの読書は、これにしよう。いま読んでるSF傑作選より、すぐれたSFのように思える。冒頭を読んだ。今作も固有名詞がおもしろい。 https://pic.twitter.com/tTiAloe4es


二〇二二年七月二十八日 「夢」


 5、6人で料理屋さんに行って料理を頼んだ。ぼくは女子が頼んだものと同じものをと言った。女子だときっとおいしいものを頼むと思ったのだ。ところが自分の靴を料理にして持ってきたのだ。なんちゅう注文するんやろうかというところで目が覚めた。クーラー消して眠ったから暑苦しく目が覚めた。

 量子力学を勉強したときには驚いた。こんな式が現実に応用できるなんてと思って。熱力学は好きだった。計算で、反応が起こるかどうかわかるからだった。担当教授の論文の誤りを指摘したことがあった。それから嫌がらせがあって、ぼくが修士にとどまってドクターまで進学しないことにつながるのだった。


二〇二二年七月二十九日 「「皮肉」の日」


 7月29日 「皮肉」の日なのだが、ぼくは皮肉を言葉にする能力がないので、残念だ。


二〇二二年七月三十日 「〈不可能〉の四品種」


 4作目は、ノーマン・ケーガンの「〈不可能〉の四品種」タイトルは作品を暗示させる役目を持ってはいるようだが、内容はあちこち飛ぶし、主人公の話は、心理学と物理学の話ばかりで、全然わからなかった。こんな読みにくくてつまらないものを傑作選に入れる編者の気が知れない。頭が悪いのだろうか。


二〇二二年七月三十一日 「ゲイ・バー」


 ぼくが高校3年のとき、父親がおもしろい店があるからといって、京都のゲイ・バーでは老舗の『ニュー・ラグ』に連れて行ったのですよ。3年後、うろ覚えの場所をたずねて、ひとりで行くぼくでしたが。父親、澁澤龍彦が好きだって『血と薔薇』3冊ぜんぶ持ってたし、『薔薇族』や『さぶ』も読んでたけれど。

 それに『ムルム』まで読んでたわ。奥さんである継母公認。単なる趣味だと思ってたらしい。海外SFや海外ミステリー読んでた父親の影響、もろにかぶっているし、海外音楽も父親の影響。家族、引きずってるなあ。



自由詩 詩の日めくり 二〇二二年七月一日─三十一日 Copyright 田中宏輔 2022-11-21 00:12:27
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