由比良 倖


古びた本たちだけが僕を知っている。
僕と一緒に古びてきた、本とノートのある場所、
そこだけが僕の故郷。
寂しい遺伝子。 物質なんて信じないけれど、
寂しさだけは信じている。


真っ暗な空を、黒い蝶が飛んでいる。誰にも見られることなく。
現実って、多分そういうものだ。世界は枝分かれしている。
僕は枝から枝へ、ワープする。 例えば言葉によって。
どの枝でも、僕は孤独だ。 蝶の飛ぶ、黒い空、
例えばそれが、世界の全てなのかもしれないのだから。


戦争に行く。僕は、僕の銃の弾を抜いておく。
そして逃げ回るんだ。
僕は捕虜になる。収容所の、ベッドから空を見る。
それは、ここで見る空と同じだろう。
僕は外国語で詩を書きたい。


――時々、ここがもう現実ではないような気がする。
外にいれば植木の下を覗き込んで、蟻がいないか探す。
蟻がいると、たったひとり、空から睨まれているような不安を覚える。
緑の濃すぎる植木。明かりを付けるのが怖い。


――音楽だけが帰り路。
懐かしい、遠い国への。ひんやりした風のそよぐ道。
カラフルな影のある、曲がりくねった道。
ヒース畑が、空みたいに拡がる、悲しい土地。


透明に砕ける波打ち際で「僕はここにいる」と呟いた。
空気はガラス張りのようだった。消滅を感じた。
悲しみも、血のつながりも無い。
全ては象牙の作りもの。
終わってしまった国々。
その空虚だけが、悲しいほどに僕だった。


小さい頃、僕は小さい僕に別れを告げた。
それが大人になる過程なら。
僕はいなくなったうさぎさんと一緒に死ぬべきだった。
水だけが入ったガラス鉢。
僕ひとりの虚空に響いてくる歌たち。



寂しさにいろんな色を塗っていく。

寂しさと虚空が、もうひとつの寂しさと虚空に満たされる、そのときまで。

そのときまで、僕は涙を取っておく。
いつかのため。
虚空を抱いて、

今は、この
寂しさの中で、

古びた本たちの中で、
僕は息をしている


自由詩Copyright 由比良 倖 2022-11-19 17:03:36
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