深紅の繭が孕む熱が
ホロウ・シカエルボク


断続的に途切れる眠りの中で意識は夢の中で迷子になった、天井が、壁が、床が、ねじの回転によって歪められていく、鍋の中で粘着いていくカラメルソースのような渦の中で、内臓になにかが捻じ込まれるような感覚を覚えている、夢と現実の違いなどなかった、初めからきっと…俺はそのへんの連中よりはずっとそのことを知っていたし、だからこそその境界に強く惹かれた、そのこと自体は正しいとも間違いとも思わない、ただひとつだけはっきりと言えることは、いまのこの歪みは、その選択によってもたらされているのだという事実だった、観念的な息苦しさによって俺は喘いだ、もちろん、それが夢の中であるということは分かっていた、でも、これはきっと、魂の摩耗にはそうとうな効果があるだろうということも理解していた、だからじっと目を見開いて、迂闊にその世界に飲み込まれないようにとつとめた、結果としてそれは正しかった、そうさ、見逃すまいと目を見開くことはいつだって正しい、もちろん、そのあとに目に映ったものを検分することは必要になるけれど…金属的な音が視覚化されてばら撒かれている、これはきっと触れると身体に傷がつくだろう、俺はなぜかそれを確信する、それは歩けないくらいにばら撒かれる、病的な花壇に撒かれる種のように、ああ、俺はこのあとのことを半ば確信しながら思う、思えば俺は、いつでも血にこだわってきたな、それは視覚的な、いわゆる血管の中を流れる血液が溢れ出るイメージでもあったし、それが体内で熱を発する時のイメージであることもあった、あるいは業のような、宿命のようなものをそんな風に呼ぶこともあった、視覚化された金属音はゆっくりと舞い上がり俺の全身を切り刻む、致命傷ではない、でも確実に血管を傷つけている、俺は瞬く間に血まみれになる、痛みはない、この現象にはおそらく何らかの示唆がある、と俺は考える、その血の温もりは、リアルな俺自身の体温なのだろうなという説得力を秘めていた、俺は血液の繭のような塊になり、その中でぼんやりと、答えを求めない思考を無意識に続けていた、俺はいつでもそんな風に、無意識に生まれるものに身を任せてきたなと思いながら…繭の中で俺の血液は俺を取り囲むように循環し、常に新しい熱と酸素を生み出した、その循環は縦回転のようにも、横回転のようにも、あるいは斜めの回転のようにも感じられた、きっとそのすべてが同時に行われているのだろう、と俺は思った、血の流れというものは制限のない場所でこそ成り立つからだ、赤い景色の中、自分がこれまで眺めてきたものについて考えた、恍惚とするほど美しいものもあったし、吐気をもよおすほどに醜いものもあった、どちらかといえば醜いものの方が多いような気がした、一見酷く醜いように見えても、捕らえようによっては途轍もなく美しく見えるものもあった、不思議なことにその逆はあまりなかった、おそらくそれはイデオロギーのせいなのだ、と俺は考えた、本能的なイデオロギー、というような意味だ―こんな言い方は正しくないような気がする、でも、他に適当な言葉が見当たりそうもない…人生というのは誕生と死を延々と繰り返す、どこかで細胞の入れ替わりを感じているのだろう、死は一度ではない、人間はひとつの人生の中で何度でも死ぬ、そして誕生する、その繰り返しが、いわば短い輪廻のようなものが、ただ命を持っただけの生きものを意味あるものに変えていくのだ、過去も未来も限定しない、矢継ぎ早のアップデートだ、人間を育てるものは、それをいかに自覚するのかという一点に他ならない、そんな話を一行も理解することなく、弛み切った身体を横たえて死んでいくものも少なくない、普通の誕生、普通の死と違うのはそこだ、それは意識されなければ動かないし、存在すら在りえないものになってしまう、人間には必ずその、幾つもの誕生と死のための気づきが求められる、繭の中の血はどんどん温度を増していく、俺にはそれは沸騰にすら思える、誕生とは噴火のようなものだ、太古の記憶が身体の中で目覚めようとするのだ、マグマと血はとてもよく似ているじゃないか―遺伝子の中にはすべてがある、それは広大な宇宙だ、俺は身体の中に宇宙を孕んでいる、未知なるものはすでに知られているのだ、俺はそれを確かめようとしているだけだ、そして繭は破られる、静かに、慎重に…寄り集まったそれを、もう一度一本一本の細い糸に戻すかのように―そこにはすべてがある、常にすべてがある、あらゆる感覚、あらゆる知覚、あらゆる感情が存在している、どれかひとつなんて必ず矛盾している、定義をするために生まれるわけではないのだ、さあ始めよう、すでに俺は血まみれだ、そして表面を這いつくし、床に広がったそれは、いつか新しい言葉を俺に刻ませるだろう…。



自由詩 深紅の繭が孕む熱が Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-10-18 22:35:29
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