土佐の夏・記憶を突き抜け立ち上がる光景
ひだかたけし

夏休み、小学生の兄と僕、二人きり

瀬戸号は待っていた
東京駅、夜八時
宇野へ向かい出発する
夜闇をひた走る寝台列車

車窓の外に規則的に現れる
闇に明滅する踏切の赤い光
限りなく底へ沈んでいくその感覚

早朝の宇高連絡船
高松へ、海を渡る

深く深くうねる青

土讃本線はディーゼル列車
仄かな排気ガスの臭い放ち
緑の深山を切り開き
四国を横切り
高知駅へ重々しく到着して

真っ昼間、熱く輝く南国の陽

家ではおばあちゃんが待っている
駅前から真っ直ぐ伸びる幹線道路
車の群れに混じりガタゴトと
はりまや橋を過ぎる市電

平屋の広い一軒家、
五目寿司と鰹のタタキ、
畳みの居間に匂い立ち
おばあちゃんの
彫りの深い笑顔に包まれて
帰って来た安堵と喜びが
幼い心に押し寄せる

土佐へ、土佐で
一ヶ月の夏が始まる!
光の夏に吸い込まれる!


  *

今、意識が開かれ
記憶を無限に突き抜けていく
溌剌と均衡し躍動しながら
鮮やかに定位するその光景

時間が逆流し溶解する、
時間が逆流し解き放たれる、

世界も時間も味方につけ
立ち上がる瞬間、瞬間に
パックリ永遠は開かれ
喜悦と恐れと驚きに

私は土佐の夏に、ただ生きていた!

私は光の夏に、ただ在った!

内から溢れる自由を生きていた!










自由詩 土佐の夏・記憶を突き抜け立ち上がる光景 Copyright ひだかたけし 2022-10-02 17:30:46
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