糸杉
嘉野千尋


  峠には若い糸杉の木が一本生えている
  すっくと立ち、
  天を指差して
  糸杉の木が、生えている


  峠の糸杉から少し離れたところに、
  朽ちかけた切り株がある
  それもまたかつては一本の糸杉であった
  天を指差す糸杉の木であった


  秋の夕暮れ
  若い糸杉の影が伸びる
  音もなく、峠の道を伝って
  そっとそっと、切り株へと影を伸ばす


  ふれる一瞬に、
  日が落ちた
  山々の稜線は黄金に輝き
  華々しく一日を飾った


  闇に溶けた糸杉の影
  もう少しでふれられただろうに
  あと少し、大きければ
  ほんの少し、影が伸びれば


  峠には糸杉の木が一本
  やがてその影も切り株へと届き
  そして天を指差すその若木もまた、
  朽ちて還るその一瞬に向かって
  短い影を伸ばす切り株になるのだろう





自由詩 糸杉 Copyright 嘉野千尋 2005-05-06 01:33:15
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