糸杉
嘉野千尋
峠には若い糸杉の木が一本生えている
すっくと立ち、
天を指差して
糸杉の木が、生えている
峠の糸杉から少し離れたところに、
朽ちかけた切り株がある
それもまたかつては一本の糸杉であった
天を指差す糸杉の木であった
秋の夕暮れ
若い糸杉の影が伸びる
音もなく、峠の道を伝って
そっとそっと、切り株へと影を伸ばす
ふれる一瞬に、
日が落ちた
山々の稜線は黄金に輝き
華々しく一日を飾った
闇に溶けた糸杉の影
もう少しでふれられただろうに
あと少し、大きければ
ほんの少し、影が伸びれば
峠には糸杉の木が一本
やがてその影も切り株へと届き
そして天を指差すその若木もまた、
朽ちて還るその一瞬に向かって
短い影を伸ばす切り株になるのだろう