2022:a space odessey
本田憲嵩

雨風で腐りかけたいくつもの角材、灰色に色の剝げ落ちた無数の木箱、何本もの錆びついた太い単管、に混じって土場の廃棄場にひと際目につくものがあった。
そのボーリング会社の事務所は以前は喫茶店だったらしく、細長くて黒い直方体の立て看板が棄てられていて、夜になればネオンが灯ったであろう白地の正方形のパネル部分には、まるで先の割れた安物の筆で描がかれたような簡潔なイラストが描かれている。それはケンタウロスかペガサスらしき馬の下半身をしていて、その上半身には乳房をあらわに晒している素裸の女性と小柄な幼い少年とが抱き合いながらも無邪気に戯れている。まるで母と子のように。さらにその上には喫茶店の屋号であるロゴとして、珈琲舎「しじん」と書かれている。ここで彼は深く沈んでいた岩盤質の地層をまるで掘り起こされたようなとても複雑な気分になった。それはなんと言うか、かつての自身をもうすでにそのような形でとっくに葬ったつもりであったし、その半人半馬の女性と息子のような人間の少年とが戯れているさまは、まるでかつての自身の作風をどこか彷彿とさせるものであったからだ。まるで国旗のような象徴そのもののように。何よりもそれはかつての自身の墓標のように思えてならず、しかし同時にそれは、たしかにしじんであるじしんがかつて存在していたという記念碑的な黒い小さなモノリスのようでもあった。その女性の下半身が馬のようになっていることについては、とくにこれといった意味や暗示を見出すことができなかったが、彼はそれについてもなにか特別な深い意味があるのではないかと思索し、それ以降も幾度となく勘ぐった。閉じられた角膜にそっと触れるようにその墓標に指さきで触れてみようとする。するとトラックのクラクションが一瞬けたたましく鳴りひびいた――
今日とりあえずぼくは樹々の生い茂る山林の木星へと向かう。ぼくの中の空間と細胞に「現実」という星がいくつも爆発的に流れ込んできて、不安と混乱と混沌のように渦巻き、ようやくそれぞれの星星が所定の位置に配置されたので、そのひとつひとつの星をぼくは順繰りに巡って行かねばならない。着慣れないツナギという宇宙服を着こんで、ヘルメットを片手に。
モノリスは今しがた昇ったばかりの輝かしい朝日を一身に浴びて、もうすでに目醒めはじめていた。



自由詩 2022:a space odessey Copyright 本田憲嵩 2022-09-27 22:10:50
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