地球の昼休み
岡部淳太郎
私はもしかしたら人ではないのかもしれない
人と人の間に存在を許されるのが人間というものならば
私は人間ではないのかもしれない
私は人と人との関係性の中で生きてはいないのだから
それならば私はいったい何者なのか
私は神
私は天使
私は堕天使
私は幽霊 限りなく存在の希薄な
それとも私は機械
管の中に液体を通すだけの 動く機械
誰かが私を
非国民と呼ぶかもしれない
人非人と呼ぶかもしれない
だが私は彼等がそう呼ぶのにまかせて
何もしない
何しろ私は人ではないのだから
何もしないこと
それが私の特技
私は何もしない ただ眺める
そして離れてゆく
私は離れてゆく
私はただ思う
思うこと
それが私の特技
この地球上の
どこで人が生きているのか
どこで人が死んでいるのか
どこで人が いままさに死につつあるのか
そうしたとりとめもないことを
ただ思う
私は人ではないのかもしれない
私は地上にしっかりと足をつけず
踏みしめずにただ 浮かぶ
浮かぶこと
それが私の特技
私は浮かんで 漂いつづける
私の足裏と地上の間には
数ミクロンの見えない隙間がある
そのようにして私は浮かび漂い
さらに上方に
死者の魂が肉体を離れるように浮かび上がってゆく
あるいは私は
この地球上に潜入した
異星人のスパイなのかもしれない
私は離れる
私は離れてゆく
離れること
それが私の特技
だがこの胸を包む夕暮れは何か
この掌に摑む実体のない砂粒は何か
今日地球は
長い昼休みをとって安楽に
その脚を投げ出している
休みはいつ終るのか
いつになったら仕事が再開されるのか
誰も知らない
仮面の犬よ
歴史を学ばずに大きくなった小暴君たちよ
情ない青は
紅茶の中に沈む
緑茶の中にも
烏龍茶の中にさえも
それが君たちに見えるか
見えてしまうこと
それが私の特技
今朝 私は目醒めた
それは朝ではなくもう午後なのかもしれないが
私にはわからない
目醒めること
それは私にはとても難しい
だが何はともあれ私は目醒めた
地球上のすべての視線は
私を見つめてなどいない
私にはすべてのことが相変らず
下水道の中の出来事だ
私はもしかしたら
人なのかもしれない
(一九九八年十月)