闇の奥
ひだかたけし

夏の後ろ背を
蹴り落としたように
唐突にやって来たこの秋日、
あなたはあの長い坂道を
予告もなく遠く
落ちていった

あなたはあの坂道が好きだった
よく途中まで下っては
そこにある岩に座り
通りすぎる人達や
回りに建った家々を
眼を凝らすように長いあいだ
それは長いあいだ眺めてた

でも、あなたは
あの坂道を下まで降りようとは
決してしなかった

  *

陽が時から脱落するように傾きかけたある夕暮れ、
あなたは言った

「ここが世界で一番静かなこれ以上ない場所
すべてが澄んで透明でそのまま宇宙に呑まれそう」

陽が時を持ち上げるように昇りかけたある早朝、
あなたは言った

「これ以上この坂を下ってはいけないの
下は均衡を崩した人間が魅せられる霊魂の溜まり場」

ぼくはあなたの言うことを
激しい耳障りのなか聞いていた

ぼくはあなたの声の響きを
激しい耳鳴りのなか聴いていた

  *

夏の後ろ背を
蹴り落としたように
唐突にやって来たこの秋日、
あなたはあの長い坂道を
予告もなく遠く
落ちていった

一日は終わって夜闇がそろりと徘徊し
一日は終わって闇の奥から白手が伸び






自由詩 闇の奥 Copyright ひだかたけし 2022-09-21 18:55:34
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