闇の奥
ひだかたけし
夏の後ろ背を
蹴り落としたように
唐突にやって来たこの秋日、
あなたはあの長い坂道を
予告もなく遠く
落ちていった
あなたはあの坂道が好きだった
よく途中まで下っては
そこにある岩に座り
通りすぎる人達や
回りに建った家々を
眼を凝らすように長いあいだ
それは長いあいだ眺めてた
でも、あなたは
あの坂道を下まで降りようとは
決してしなかった
*
陽が時から脱落するように傾きかけたある夕暮れ、
あなたは言った
「ここが世界で一番静かなこれ以上ない場所
すべてが澄んで透明でそのまま宇宙に呑まれそう」
陽が時を持ち上げるように昇りかけたある早朝、
あなたは言った
「これ以上この坂を下ってはいけないの
下は均衡を崩した人間が魅せられる霊魂の溜まり場」
ぼくはあなたの言うことを
激しい耳障りのなか聞いていた
ぼくはあなたの声の響きを
激しい耳鳴りのなか聴いていた
*
夏の後ろ背を
蹴り落としたように
唐突にやって来たこの秋日、
あなたはあの長い坂道を
予告もなく遠く
落ちていった
一日は終わって夜闇がそろりと徘徊し
一日は終わって闇の奥から白手が伸び