どっちも狂ってた
竜門勇気


彼女は誰かが楽しんでると
もう、辛抱ができない
あれって何が楽しいかわかんないの!
コップを叩きつけて
ミルクのこぼれたテーブルにも悪態をつく
”なんだか毒みたい”

彼氏は上の空で乾ききったサンドウィッチを見てる
猜疑心と不幸な身の上で起きた経験が
彼が出会うすべてを邪悪な不愉快さを与える化け物に変えた
ミルクがサンドウィッチの皿の上で玉となって
ゆっくり動いてパンの中に吸い込まれた
”これは、毒だよ、毒は食べたくない”

ウェイターはウェイトレスのスカートの裾を見ていた
かさかさの膝小僧ってすこしきれいだな
藍色の布が揺れながら時々引っかかって
時計の針を見てるよりずっと楽しい
時計の針は退屈、不気味
心は不安定、気持ちいい
かさかさの膝小僧ってすこしきれいだ

ウェイトレスは大きくて透明なガラスに目をやった
ガラスの向こうを歩く大きな犬
舌を出して、小さな息を小刻みに吐き出しながら
なんだかとても楽しそう
でも、なりかわりたいとは思わない
カラカラに乾いたドッグフードと
ねとねとするペースト
木の枝みたいに硬いガムを喜ぶとき
あんなふうに笑えない

私の名前はシュガ
砂糖粒みたいに小さくて尻尾のつけねに
粉砂糖みたいな模様があったから
家の中でできないことをするために歩いてる
カラカラに乾いたドッグフードと
ねとねとするペースト
木の枝みたいに硬いガムを喜ぶとき
母は溶けた氷のような顔をする
落ちてくるしずくがどこにもいかないように
何度たたかれても同じことをする
母は笑う
私はいつでも大真面目だ
少し、心外だよ

ほんとは猫を飼いたかった
夫の反対がどうしても抗い難くて
小さな子犬を迎えることになった
真っ黒な雑種の犬はほんの少しだけ白い毛が混じっていた
十五年間いろいろなことがあった
わたしは一人ぼっちになった
老いた犬が毎日涙を拭いに来る
あなたなんか望みじゃなかったの
あなたはわたしの欲しかった過去じゃなかったの
習慣になった暮らしのなか
老いた犬が毎日涙を拭いに来る

俺の子供が死んだ日
雷と雨がひどくて
世界中の誰一人、外出できないような日だった
閉じ込められた無人島の四人
あいつが死ぬのを待つような気分だった
何もかもなすすべがなく
看護師もどこか遠くにいる
真上で鳴っている雷鳴と別に
また別の雷鳴がどこかからここへ
破滅を伴ってにじり寄ってくる

にわかに雨が降り出した
夏にはよくあることだ
もう少し経てばなにもかも過ぎ去って
割れたガラスみたいな晴れ間が広まる
今日も誰かが死ぬ
昨日と同じように
違う誰かが
彼は誰かが楽しんでると
もう、辛抱ができない
みんな何が楽しいかわからない
コップを叩きつけて
コーヒーのこぼれたテーブルにだけ悪態をつく
”なんだか、なんだか、僕は毒なのかもしれない”

ぼくはもう、知らないうちに
だれも助けられない毒になってたのかもしれない
どれだけ薄めても奪うだけの
毒になってるのかもしれない

ドアが開いて夏のおわりが匂っている
なんだか、毒みたい


自由詩 どっちも狂ってた Copyright 竜門勇気 2022-09-09 01:12:45
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