かにのみこそのかみ
菊西 夕座
夜の軌道を涙がはしる
星のひかりを水面にうけて
まるで転がるひとつのビー玉
回転速度は地球とおなじ
うわずる瞳が坂に消え
まっさかさまの流れ星
ふるえる日輪、始発駅
手をふる窓辺に白い息
徐々に降下のファスナーが
別れの世界を切りひらく
めざめて消えた夢しづく
夜行列車にのせたのは
装いきれない悲しみと
たったひとつの真の詩
かにのみこそのかみの声
思いだしたらまたひとつ
夜の軌道を涙がかえる
それは玉なる御輿のようで
かくしているのは反射姫
向かうは仮の終着駅
徐々に上昇、ファスナーが
うつろな罰に世をとじる
人とは門にすぎないけれど
月とつうじる磁力は底なし
外にこぼれる悲哀もしかり
ふりくる雪が甍につもる
門戸を湯気でふるわせて
かにのみこそのかみの輿
行きつ戻りつファスナーが
夜を甘美にひるがえす
息を吸い、おのれを慰め
息を吐き、あなたへ赴く
なにか話してよ。
――ずっとハナシっぱなしさ
どこが?
――どこガ、って、頭の上だよ
頭の上で話してるの?
――頭の上に止まってるんだよ
止めてないで話してよ。
――君が止めてるんだよ
あたしが?
――君はガじゃないよ
あたしがじゃないでしょ。
――そうだよ
あなたでしょ。
――ちがうよ
そうでしょ。
――まさか
だったら話してよ。
――ハナシした矢先に頭の上に飛んだんだよ
頭からハナシなさいよ。
――それは絶対に触れたくない
別に触れたくない話題じゃなくてもいいわ。
――気味(キミ)が悪いからね
あたしが悪いわけ?
――君の頭だよ
ほっときなさいよ。
――ほっといてもいいわけだね
別のやつ話してよ。
――別のやつもハナシてるよ
どこが?
――どこガ、って、頭の上だよ
だからなんで頭のうえで話すのよ。
――ハナシたらそこに飛んだんだよ
なにも話さないうちから話を飛ばさないでよ。
――ハナサなかったことは一度もないから
全部話したってこと?
――全部ハナシたよ
それって全部が頭のうえでしょ。
――全部のガ頭の上だよ
そんなに触れたくないことばかりなの?
――触れたくないからハナシてるんだよ
頭の上で、ってことでしょ。
――そこに止まるとは予想できなかったさ
頭の上に天使かなにかが止まってるの?
――天使というより元は毛虫だよ
頭に虫がわいたってこと?
――そういうふうにいえなくもないな
空想でしょ?
――現実だよ
だって頭のうえの話でしょ。
――頭の上さ
そういうのを空想っていうのよ。
――でも無視できないよ。
虫なのに?
――もう羽がはえているから
羽虫なの?
――蛾虫だよ
きもちわるーい。
――だから触れたくないんだよ
でもそれって野放しでしょ。
――ごめん
自分を責めることはないわよ。
――どうにもできなくて申し訳ない
それだけでも話してくれてよかったかも。
――ハナサずにはいられないから
あたしが受け止めてあげるから大丈夫よ。
――すべて受け止めてもらって助かるよ
これからも少しずつでいいから話しなさいね。
――もちろん最初からハナスつもりだよ
でも、今日はこれ以上、話さないほうがいいかも。
――そうだろうね
頭が変になりそうだもの。
――たしかに頭がすっかり変態してるよ
代わりにあたしの話をきいてよ
――なんの話だい。
放し飼いの話を思いついたの
――話し甲斐のある話ってことかい。
そうじゃなくて
――どういう話なんだい。
とりとめのない話って感じ
――思いつくままに話すわけだね。
そうでもないわけよ
――どういうわけさ。
言いワケみたいに聞こえるかも
――具体的に話してみなよ。
でもつながれた話じゃないから
――断片的なものかい。
1話にはちがいないわ
――どんな筋書きなの。
あるいは1羽の鳥よ
――トリとめのないってそれ?
とまっている鳥じゃないわね。
――放し飼いの鳥の話かな?
話の鳥よ
――それは例え話のこと?
放し飼いの話だって
――でも話の鳥は例えだろ。
例え話にすりかえないで
――話の鳥ってどんな鳥なの。
鳥の話なんてどうでもいいわ
――だったらなぜトリ上げたのさ。
トリあえず分かりやすいかと思って
――だから例え話なんだね?
鳥とか例えとかどうでもいいわけよ
――君の話の中身じゃないか。
話の腰を折らないで
――悪いけど話の腰も比喩だよ。
なにが比喩なわけ
――腰を中間としていることさ。
宙間を飛んでいるのは話よ
――腰のことを話してたのに。
もちろんおひっコシしね
――なんの話だい?
放し飼いの話でしょ
――それは単なる言い回しだね。
いい感じで飛びまわってるけど
――話にならない表現さ。
表現はただのポーズでしょ
――なら「美しい」という表現はどんなポーズなんだい。
美しいポーズよ
――なんかちがうぞ。
わたしがしたのは1話の野放図よ
――野放図もポー図にはちがいない。
図に乗らないで
――でも頭上には乗っちゃてるガ。
乗っちゃってる1話の鳥よ
――鳥のポーズはややこしいよ。
どうして?
――「1話」が「一羽」にすり替わるから。
羽の生えた話をしてるのよ
――それが比喩なんだよ。
比喩なんてヒュイッと飛び越すわ
――そういう表現はいいから要点を話してよ。
あたしが表現であなたが要点なわけ?
――なんだそれ。
あなたに要点を要求する権利はないの
――つまり要点のない話なんだね。
要点より沸点が大事なこともあるでしょ
――つまり君の話は沸点を迎えたわけか。
沸点を迎えたからって終わりじゃないわ
――それならどんなふうに展開するのさ。
沸点という比喩をもちろん脱皮するわね
――鳥というより蛇みたいな話だね。
もちろん蛇というお仕着せも脱いジャうわ
――脱い蛇(ジャ)うの?
じゃないかしら
――脱いジャったら大蛇かい?
ジャンボだわね
――こりゃたまげた。
あなたにとってはたまっげぱなしね
――沸点だらけでまったく落ち着かないよ。
だってほっといてるんだから仕方ないでしょ
――ほとほとにしたほうがいいね。
ホットホットにすれば、ますます沸騰よ
――要点がみえてきたからもうお終いにしない?
あたしの沸点はどうなるの
――沸点は脱ぎ捨てたじゃないか。
沸点だらけってあなたが言ったのよ
――じゃんじゃん脱ぎ捨てる話じゃないか。
ジャに掛けないで
――ジャンボが気になる人はどうする?
いちどほっとけば片付く話よ
――片付く話ならもうお終いなんだね。
そんな簡単に別れ話が済むとおもう?
――君がいいたいのは別れようってことかい。
枝分かれのことよ
――無理に話を作ることもないだろう。
ほっといたら勝手にこさえてきたのよ
――ずっとほっとけばよいだろう。
ずっと飼ってるのに
――勝手すぎるよ。
そうやって芽生えた命を摘み取るわけ?
――その感傷も脱ぎ捨てればどうなる。
話だけが残るわ
――命も与えれば奪われるだけの話さ。
それでも話は降りつづけるの
――名前でも付けてどこかで止めないと。
話をタクシーみたいにいわないで
――わタクシは泊めてくれたのに。
それは一夜だけの思い出話
――それはカナシーね。
カナシとは確かに下半身を成したわ
――彼氏でしょ。
半信半疑なところもあるけれど
――たしかに彼氏だよ。
鼻ナシ―だったかもしれない
――鼻がなければ顔が台無し。
ダイナシーよりシンパシーは感じたの
――心配したのか。
心肺テイシーだったかも
――それはだいぶ心配するね。
きっと人でナシーだったのよ
――そんなわけない。
内緒のはなシーってことにして
――(口に人差し指をあてる。)
(鼻に人差し指をあてる)
――鼻氏か。
話だったはず
――どっちかはっきりしないと。
とにかく放心状態だったシー
――もっと思い出してごらん。
全部わすれたわ
――そのほうがイーかも。
イーよりもシーだって
――シーでもイーでどうでもイーよ
だからシーってことにしたでしょ
――どうどうめぐりだな。
ドーでもドーっていうからよ
――ドーでもイーだよ。
どうでもいいわよ。
――これはいつか終る話かい?
放し飼いって、わかってる?
――もうすべて受け流してあげるから。
尽きることなく話せってこと?
――いいかげん話を手放せってことだよ。
もとから放し飼いの話でしょ
――なにも面白くないじゃないか。
頭でつかまえようとするからよ
――手拍子でも打てばよいのか。
手も頭もすべて放しなさい
――話しっ放しにはお手上げだよ。
望まなければ得られるものなしの話
――心からその名前を望んでいる。
名前はなしという話
――名無しという呼び名もわるくはないね。
名無しの話なんて名前はなしよ
――話よりむしろ名無しのほうが問題だな。
あなたのほうがむしろ致命的な問題
――どうしてだい。
あなたこそ名無しなんだから
――そもそも話が飼えるのかい。
そうやって話をすり替えないで
――話が飼えるならこっちも話を替えるさ。
話が分かってきたじゃない
――それにしても話が長しだね。
流すわけにはいかないわ
――こっちはハナシたガ、流れたけどね
どこに?
――それは絶対に触れたくない
それじゃ話したことにならないわ。
――触れるのは気味(キミ)が悪いからね
あたしが悪いわけ?
――君の頭だよ
ほっときなさいよ
――ようやくほっといていいんだね?
まじめに最初から話してくれるなら
――最初って?
あたまから。