時と町
山犬切
9月になればまた学校が始まり、けれど暑さはまだまだ過ぎ去ってくれず、プールに入り終えたような夢見の感じが幻熱のように僕らを冒している 時間をゆるやかにしかし直角に左折するような季節のうつりかわり 教室の左から数えて三列目、前から数えて四番目という中途はんぱな位置に僕の座席があって僕は窓をうつむき見ている デスノートなど落ちることのないそっけない青い空の下 校庭のグラウンドは陽炎にゆれてうねっている 今は生物の授業をやっている 遺伝子について教師が解説している ソラマメの遺伝を例にだし顕性遺伝と潜性遺伝のちがいについて教師は話す 市場という〈外〉にはなたれるまでのゆうよの期間を僕らは過ごしている 仔牛を乗せてトロッコが運ばれている… 前の机の下のノースフェイスのバッグからグローブがちらりと見えた 昼休みが来て学食の惣菜パンを2つ食べパックのコーヒー牛乳で流し込んだ 虚ろだと僕は思う 温められる水のような夢を明晰に見ているだけだろう 現実はどのように破れるのだろうか 地震や津波や原発事故だろうか 海外の紛争や侵攻が現におこっている国の人達のリアルと日本に暮らす僕のリアルとの懸け離れを想うと眩暈すら感じるほどの断絶が思考に横たわった 僕のリアルはそうした異国で生きる人達の現実とは交わることも触れることもないまま平坦な地続きで終わるのか 季節の変わり目を告げる風がカーテン越しに吹いてくる 白昼 午後の3時間目の授業がはじまっている 俺は何故か昼休みに見た、原発事故の起きた福島の、防護服を着た作業員が晴れた真昼間にカメラに向かって謎のサインを発しているyoutubeの動画を脳裡に浮かべていた あれはどういうサインだったんだろう 5時間目の美術は石膏で人物の彫刻を作るというものだった 僕はギリシャ人の精悍な彫刻を作る気にもアジア系の彫りの浅い、美しいとは手放しでは言えない顔立ちを作ることにも踏み切れないでいた 授業が終わり簡単に雨が上がってしっとりと濡れた校庭を踏みしめていった 石造りの水道の蛇口のあたりに小さな虹ができていて前を行く背の高い制服の似合う美男が虹の前を何の抵抗もなく通り過ぎた 俺は虹にしばらく気を取られていた やがて平静に戻り自販機でドクターペッパーを買って飲むと校庭の園生で可憐な紫の花が咲いていた 家に帰り夕方の食膳に向かう時にもあの白昼の福島の原発作業員のサインが頭をよぎって気になった でも十秒間ほどすれば葱のかかった冷奴や味噌汁を食べることで無心になっていた 町の時間は過ぎていった どういうふうに過ぎていったか 様々な果物の入ったミキサーを回転させてそれらを刃がどろどろに切り裂いていき、緑色のスムージーが作られるように、そんなふうに町の時は過ぎ季節がまわった 奏でることも響くこともなく時は過ぎ 僕は学校を卒業した