タイムカプセル
山犬切

夏の始まりは曇天 灰色の雲がたなびき 川として日常は過ぎ
ランチにはまだまだ早いな 僕は思った
流れ星を探すよりタイムカプセルを埋めよう
そんな僕は 飛行機の乗客で
23歳 透明なはずの身体が少し薄く黒ずんで
この夏は 流れ星を探すよりタイムカプセルを埋めよう 元に戻ることのない髪の長さを測るように

中絶した第七大陸の理想を日の射す橋で振り返る
世界と約束したから 郵便的な運命が僕のもとにもやってきたから
心に刺青を入れて 僕は世界に戻った
そして退屈な朝の電車 人々の虚ろな眸 水の入ったリュックサック 少年は窒息気味で
永遠の3か月がもうすでに始まっている 夏 平和ボケで少し厚みを失ったレンズのような言葉で人々が通信する
夏の日差しが照りつける土はまるで浄土のようだ 地面を踏んで影を踏む 影を踏むとにじりよる世界 遠のく社会
散策に飽きて噴水前のベンチに腰を下ろす 少し病気の夏服の半袖
水がふきあがり 流れる 水面でひかりが屈折し ポカリスエットを飲み溜め息をつき火照るいのちを休ませる

人々はこの夏も汗ばんで それぞれの小品のドラマを演技する
僕の周りは敵か味方か判然としないのっぺらぼうばかり
黒いのか白いのか、黒い声も白い声もミュートし
電車の空席に座る 浅葱色した夏の世田谷を電車は切り裂いていく
開いた窓の風で髪の毛がぶわっと舞い上がる 夏の光を浴びる生命づく緑と舞い上がる僕の髪の毛
心は器の水だ 夏はその水が闇のなかで妙にきらきら輝いて とぷんとぷんと音をたてて揺れる
こころは腫れ こころは切り裂かれ こころは膿を出し こころは癒える
こころは玉のように磨かれる

8月 薄曇りの蒸し暑い夜 雲隠れした月が暑そうで
ネットの夏らしい画像をアイスをなめながら見ていると
どこかで花火をやっているのか パーンという音が外でした
病気が治るまで…あと何年 指折り数える
赤黒い暑気をきって公園へ向かった
適当な場所を見繕い、スコップで土を掘り、資料を入れたケースを埋める
僕はこの夏 星も花火も見ないでタイムカプセルを埋めていた
帰り 花火を見たのであろう親子とすれ違った
幼女はりんご飴をなめていて 夜気のなかそれは
くらりとするような赤と黒だった


自由詩 タイムカプセル Copyright 山犬切 2022-08-29 21:43:39
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