数えられるもの
片野晃司
あの空の下からあの空の向こうまで、なだらかにせりあがりなだらかにくぼみながらどこまでも続くみどりの丘、その丘を白くつぶつぶと覆いつくすほどのあの羊たちがいっぺんに、シーツをめくりあげるように消えてしまうなんて、ほんとうはそんなことはないのだけれど。
道に沿って両側にはマーガレットがどこまでもどこまでも続いていて、そんな道を銀色のレンタカーで走っていって、どこまでもどこまでもマーガレット、日が傾いて月が出て夜を越えて朝日が射して、ずっとずっとマーガレット、そんな道を銀色のレンタカーで永遠に走っていくなんて、ほんとうはそんなことはないのだけれど。
数えられるものは弱い。昨日は何人、今日は何人死んだと言われて僕たちはどんどん減っていくし、昨日は何人、今日は何人生まれたといって僕たちはどんどん増えていくし、生まれて、大きくなって、いろいろなことがあって、年老いて、それから死んで、そんなあれこれのことさえ数字になって、増えたりして減ったりして、だからいっぺんにシーツをめくりあげるように僕たちが消えてしまうようなそんなことはないのだけれど、足して、引いて、足して、引いて、いつか数字がゼロになって、僕たちはどこにもいなくなって、そのあとはいくつもの風たちが吹き、いくつもの霧たち、いくつもの雨たち、それから冬になればいくつもの雪たち。それらがいくつもの海たちを渡っていって。数えられないものたちは強い。
朝が来て陽が射して、あの空の下からあの空の向こう、なだらかにせりあがりなだらかにくぼみながらどこまでも続く丘、風が吹いて雲が流れて、そんな日々が無限に続いていくなんて、ほんとうはそんなことはないのだけれど。太陽も大地も空もいつかはいっぺんに、シーツをめくりあげるように虚空に散ってしまうのだけれど。
(2020年 詩誌hotel)